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なぜ子供たちはギャングになるのか──『マラス 暴力に支配される少年たち』

マラス 暴力に支配される少年たち

マラス 暴力に支配される少年たち

「マラス」という言葉を聞いたことがない人も多いだろうが、マスコミの用い方では中米を根城にする若者ギャング団のことを指しているようだ。そもそも、元々は自らをマラと名乗っていたギャング団がおり、その敵対組織まで含めて「マラス」と呼ぶようになったという経緯があるが、結局は若者ギャングのことである。

著者はスペイン語圏をメインフィールドにして取材を続けるフリーのジャーナリストで、本書では一般的には血も涙もなく人を脅し、金を奪い、殺し合いをする凶悪な若者たちと捉えられがちなマラスの関係者や元構成員にインタビューを重ね、その実態を描き出していく。元々マラスの一組織のリーダーだった男や、逃げてきた男など無数の人間がエピソードを語っていくがその内容はどれも衝撃的なものだ。

たとえば麻薬の売人をだったギャングの父親が敵対するグループに殺され、仇を討つ為に12歳でギャング団に入った少年がいたり(お前はジョルノ・ジョバァーナかよ)、とあるチームでは見習いから正式メンバーへと昇格するための儀式として敵もしくは自分の家族の誰かを一人殺さねばならぬという。一度メンバーになると抜けることを許されず、抜けることは「死」を意味する。ギャング達の日課は麻薬売買、みかじめ料徴収、チームで人を襲う、盗みなどありとあらゆることを行う。

警察は何をやっているのだと思われるかもしれないが、ラテンアメリカでは警官がギャングやマフィアとつるむことは日常茶飯事で、まあ正義感で戦って死んだって何も良いことなんかありゃしないのだからそれも当然という気はする。それ以前の問題として、マラスではたいてい18歳になったメンバーの中から、警察もしくは軍に入る人材を募って送り込むため、内部からしてズブズブの場合がある。

 だから、警察は特定のグループの犯罪を見逃し、その代わりにカネや麻薬を譲り受ける、あるいは別の犯罪者の情報を流してもらい、手柄にする。給金の安い貧乏警官たちの間では、家族を養うためには手段を選ばない、あるいはそれに慣れてしまっている者も多い。

なぜマラスへと入るのか

しかしそもそもなぜ少年たちはマラスへと入るのだろうか。しょっちゅう敵対組織との抗争があり、死者も絶えないのに──と疑問に思うが、そこにはやはり貧困などの社会背景が関係している。そもそもラテンアメリカのスラム社会では定職についている大人がほとんどおらず、高等教育を受けたとしても固定化された階層格差が存在するためにコネなしで経済的な成功を手にするのは困難である。

真っ当に働いても一日数百円しか手にできないにも関わらず、ギャングになってカネを持ってそうなヤツを襲えば一度に数万円の現金が手に入るのだ。下っ端として自組織の縄張りのお店からみかじめ料を徴収するだけでも、週に約1万4000円相当のお金が(この国では平均年収が30万円にも満たない)手に入ってしまうのだから、それもまた仕方ないかと思ってしまう。スラム生まれの少年にとって、格差を覆し居場所を得るためのもっともわかりやすい手段はマラスになることなのだ。

近年中米からメキシコやアメリカへの子供移民(当然そのほとんどは不法である)が急増しているというが、その背景にはマラスによる暴力の支配が関係している。実際、本書のプロローグには、著者が中米にいってマラスを調査するきっかけとなる、マラスの暴力からメキシコへ逃れてきた少年へのインタビューがある。仕事の帰りにマラスの連中につかまり、現金を渡すのを拒んだらボコボコに殴られたのだ。

昨今アメリカでも不法移民はたびたび話題になっているが、その背景にはこういう事態も絡んでいるのかと興味深く読んだ。下記は関連記事としてどうぞ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

おわりに

絶望的な話ばかりに思われるかもしれないが、若者ギャングの人生を変えようと支援する大人たち、信仰と出会いマラスを抜けた青年など無数の希望も取り上げられていく。ここに載っているエピソードはどれも、中米で起こっている"特異な"出来事というよりかは、制度が崩壊し貧困が蔓延した末の必然的な結果といえるだろう。特に解決策を探るような本ではないのが、単なる若者の凶悪犯罪者集団というだけで終わらない、マラスの明暗ある実態を本書は見事に直視してみせた。