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きっと宇宙にまで連れて行く──『ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥』

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥

ニワトリ 人類を変えた大いなる鳥

地球上には200億羽以上のニワトリが生息していて、猫と犬と豚と牛の数を合計してもニワトリの方が多い。NASAはニワトリが火星旅行を生き延びられるかどうかを研究しているし、実際問題容易に増え何でも食べて、サイズが小さく卵をやたらと産む重要なタンパク源のニワトリを連れて行かないという選択肢はありそうにない。

 ニワトリが必要とする土地、水、投入エネルギーはブタやウシよりも少ない。二ポンド(約九〇〇グラム)足らずの飼料で一ポンド(約四五〇グラム)の肉を作り出すのだから、ほかの動物が必要とする分量と比べればごく少量で、これよりも飼料効率がいいのは養殖のサケだけだ。

本書はそんな「スゴイ、便利なお肉だなあ」としかいいようがないニワトリの歴史を辿り、闘鶏から神話や儀式での役割、現在のニワトリにとっては「絶滅したほうがマシ」なレベルの過酷な生産体制についてまで包括的に追った一冊になる。

たとえば古代エジプトのツタンカーメン王の墓には、ニワトリの絵が描かれている。これはだいたい紀元前1300年前後から1100年の間ぐらいのことだと想定されており、この当時から家畜化されていた可能性もある。ゾロアスター教では「雄鶏は悪霊と魔術師に対峙させるために創造された」と言い伝えられているし、日本では天照大神が洞窟に隠れた時に誘い出すことのできた動物として鶏が出てくる。

絶滅よりも悪い運命

古代エジプトのツタンカーメン王の墓にニワトリの絵が描かれていた(紀元前1300〜同1100年ぐらい)とか、ゾロアスター教では「雄鶏は悪霊と魔術師に対峙させるために創造された」と言い伝えられているなど人間とニワトリの長きに渡る関係の話はどれもおもしろいが、現在ニワトリが陥っている「苦境」は読んでいて暗い気持ちになるパートだ。たとえば1950年頃のニワトリは、1400グラムに達するまでに70日、体重450グラムあたり1350グラムの飼料を必要とした。これが2010年には、47日間で2590グラムに育ち、必要な飼料は900グラム足らずで済むようになった。

これはニワトリの病気を徹底的に解明し、死亡率が半減したこと、栄養状態の改善、ニワトリへの遺伝子操作など様々な要因がからんでいるが、つまるところニワトリはより効率的に肉として搾取されるようになったのだ。あまりに速く肉をつけるようになったので、骨格の成長がおいつかず脚や腰の病気が引き起こされ、大勢の鳥が慢性的な痛みを抱え満足に歩けもしない。イスラエルの研究チームは加工コスト削減のため羽のないニワトリを開発したが、これは世界中に激しい怒りを引き起こした。

羽のないニワトリは残酷だが、慢性的に痛みを抱えながら満足に歩けないほど不自然に肉をつけられたニワトリが、工場で消費者の目に触れずに機械的に処理される現在の事態も充分残酷だろう。残酷だったらやめればいいかといえば当然そんな単純な話でもない。世界から猫が消えても国際経済や国際政治に与える影響はたいしたもんでもないが*1、ニワトリが消えた/減ったら栄養的にも政治的にも大変なことになる。2012年メキシコで何百万羽ものニワトリが病気で処分された時は、卵の価格が急騰しデモ隊が街頭にくりだし「重大なる卵危機」と呼ばれる混乱に繋がった。

個人ができることについても、いきなり鶏肉を食べるのをやめたからといって効果があるもんでもないし、なかなか難儀な話である。ただ、動物福祉の観点から動いている人は世界中に大勢いるし、供給側についても通常より2倍、3倍の時間と手間をかけてよりよい肉を(その分ニワトリにとっても幾分マシなように人間からはみえる)提供する人たちがいる。「産業用ニワトリ派」か「菜食主義派」の大雑把な二択の間に、無数の代案があったほうが良いことは確かである。

おわりに

現在では、鶏肉のような豆腐や、味を似せた代替品としてのキノコなどが出てきており『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』じみた世界が到来しているが、ニワトリと人類の関係も新たな関係性を構築するフェイズを迎えつつあるのかもしれない。本書はそのためにも、ニワトリと人間の関係を捉え直すきっかけとなる一冊だ。

*1:鼠が増え生態系が崩れるかもしれない