- 作者: 稲葉振一郎
- 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
- 発売日: 2016/12/26
- メディア: 単行本
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ショートレンジとロングレンジの問いかけ
そうした説明だけをきいてなるほど! 宇宙での倫理を問うのねわかるわかる! とはなかなかならないだろうから、具体的にその「宇宙倫理学」の中で、どんな問いかけ/議論が存在するのかをざっと紹介してみよう。まず身近な問題でいえば、宇宙における軍備管理、人工衛星から得られる情報の取扱、スペースデブリの処理をめぐる問題、宇宙飛行士その他宇宙滞在者の健康管理についてなどなどがあげられる。
現在でも静止軌道をめぐる取り決めはあるが、今後地球周回軌道上が希少資源となり、軌道を周回する権利が国家による固有の財産として管轄下に置かれる可能性もある(『通信や探査を中心に、宇宙の商業利用がますます活発化する現在、「宇宙活動の民営化」とでも言うべき課題が浮上しつつある』)など、ショートレンジで議論すべき点は多い。逆に、数千年単位の広い視点まで検討するのであれば、地球外生命との遭遇時にどんな道徳的対応をすべきかという問題が立ち上がってくる。
これは「知性をどう定義するのか」という話に繋がるし、宇宙生物学をはじめとする無数の分野と繋がる話題だ。たとえば、ダイソン・スフィアと呼ばれる、恒星を建造物で取り囲んでエネルギーを100%近く有効活用しようという、効率だけを考えたら必然的に導き出される架空のシステムがつくられると、その恒星の周囲は暗くなってしまう。こうした事態を引き起こしかねない地球外生命体を想定すると(もしくは、そもそも存在を想定しないのか)、宇宙の物理的構造の変化にたいして我々はどのように対応するべきかというほとんどSF小説の領域に突入していくことになる
さらに、そうした文明が星から星へと広がれば、銀河全体が丸ごと暗くなってしまう、という可能性もある。つまり結論的に言えば、宇宙のなかに生命が存在するかしないか、広い意味での「人間」が登場するかしないか、によって、宇宙の物理的構造が──場合によっては性質までが──変わってしまう可能性があるのである。
ずいぶんとワクワクさせられる話ではあるが、"そういう話も考察対象としてはありえる"という前提の部分であって、本書がメインで取り扱うのはこうした「起こるかどうかさえもわからない」大きな話と「今まさに起こっている」身近な話との間にくるミドルレンジの部分である。たとえば「宇宙植民」はミドルレンジの問題領域だ。
ミドルレンジの問いかけ
たんに宇宙ステーションに人間を数人滞在させるというのではなく、他の天体に人間(もしくはそれに類するもの)を送りこみ、継続的な社会を築かせる。そんなことは可能/やる意味があるだろうか? 科学技術や経済制度上、今すぐに可能なものではないが、数十年、数百年単位での成立可能性はありえなくなさそうである。
そうした前提を踏まえ、本書では『「現在我々が踏まえているリベラルな倫理学、道徳哲学の観点から許容されるような宇宙開発、とりわけ人間の宇宙進出、宇宙植民とは、果たしてどのようなものになりうるのか?」という形で問いを立て、進めていく。』ということでまずオニールが考案したスペース・コロニー計画が可能か否かの検討から考察をはじめ、否定的な見解を導き出す為ではなく前向きに考察していく。
たとえば宇宙植民をする上で、どのような動機が考えられるだろうか? 人間が溢れているから宇宙に人をというのはかつての発想で、今では先進国は軒並み少産少死に向かっており動機としては弱い。そもそも人口爆発対策に用いるには宇宙は高価すぎる。それでは、どのようなプランなら人が宇宙に植民する動機になるか──。
人口爆発による逃避が考えられないとしたら、他はやはり経済活動、知的探究心を含めた生活水準の向上が上げられるだろう。たとえば小惑星の資源を当てに宇宙に出ていく可能性なども考えられるが、その資源がいくらになるのかという試算は行えるので、"本当に宇宙の資源は割にあうレベルで取得できるのか"というところまで含めて議論を重ねていく。その議論は最終的には、"人間が生身で出ていくのはやはり厳しすぎるのでは?""ロボット技術やサイボーグ技術の発展がなければ宇宙に出ていく動機/社会はつくられることはないのでは?"というところまでたどり着いてみせる。
おわりに
宇宙植民と関連して、人格的ロボットを受容/需要する社会とはどのようなものかを問いかけ、ロボットの宇宙植民への可能性を論じた章もあれば、イーガンやバクスターを挙げ宇宙SFにおける人類の在り方を考察する章もありと話題は広範に渡り、一部専門家だけでなくSFファンを筆頭とした多くの読者が楽しめるだろう。
今回は「入門」ということもあってミドルレンジにテーマを絞っているが、他のレンジにまで議論を広げた本格的な「宇宙倫理学」本も読んでみたいものだ。とはいえ最初の一冊として、本書が重要かつ貴重なのは間違いない。