- 作者: エリエザー・J・スタンバーグ,水野涼
- 出版社/メーカー: 竹書房
- 発売日: 2017/06/29
- メディア: 単行本
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人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?
たとえば「人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?」は第五章のメインテーマであるが、これの意味するところとは「なぜ、時として普通の人が宇宙人に誘拐されたなどと言い出すのか。頭がおかしい以外の理由があるのか」という問いかけなのである。アメリカでは地球外生命の存在に関する世論調査の結果、90パーセント以上が宇宙人は存在すると答え、4人に1人は宇宙人は地球を訪れていると思っていたと答えたらしいが、「宇宙人に誘拐された」というのはちょっと行き過ぎているように思う。
しかし、現に宇宙人に誘拐されたと主張する被害者は数多く存在し、しかもその大半は真っ当に社会生活を送り、精神病を患ったこともない人達である。その上、彼らの話には共通点が多い。横になっている時に宇宙人が現れ、動けなくなり、宇宙人の身体は暗い灰色か白。被害者のそばに立ち、実験したり暴行したりする。共通した話をするのならばやはり本当に来ているのでは……と考えた人がいたとしたらそれはあまりに純粋すぎる。実際には、よく似た現象を引きおこす症例が存在するのである。
それが睡眠麻痺と呼ばれる現象だ。レム睡眠中、筋肉は麻痺し、人は鮮やかな夢を見るが、だんだんと意識を取り戻し、筋肉の制御を取り戻す。しかし時に、意識を取り戻すタイミングと肉体の制御を取り戻すタイミングで時間差が生じることがある。そうすると意識は戻っても肉体が動かせない、いわゆる"金縛り"の状態に陥る。研究者の推定によると約8%の人がこの睡眠麻痺を経験する。もちろん通常時は数秒で終わり、幻覚を引きおこすこともないが、社会的イメージ機能不全という対人恐怖症を抱える人など、一部の人はそこに誰かがいるという存在感を感じるようだ。
睡眠麻痺の症状は、奇妙なほど宇宙人による誘拐の描写と似通っている。どちらも体を押さえつけられ、侵入者がいるように感じる。神経科学者はこの「感じられる存在」という不可思議な現象について研究し、脳画像技術の助けを借りてその源を突き止めた。犯人は側頭葉だ。宇宙人は自分自身の内なる宇宙からやってくる訪問者なのだ。
引用部で指摘されているように、犯人は側頭葉だ。たとえば、側頭葉を正確に刺激すると、すぐ近くに他者の存在を知覚するようになる。もちろんそれはただの脳の反応であり、実際にいるわけではない。しかしそれを知覚している当事者からすれば間違いなく「いる」のであって、脳はその「何かがいる」という感覚に説明をつけようとする。ある人はそれを神と捉え、ある人は幽霊と捉え、ある人は宇宙人と捉える。
脳の物語る性質
人はなぜ宇宙人に誘拐されるのか?という問いの答えには、このように人間が世界を認識する際の限界と、「理屈に合わないことが起こった時に、自動的にそれらしい物語をこしらえて納得する」脳の物語る性質の側面が関わっているようだ。
こうした事例は、他にも多くの例で確認することができる。たとえば、アントン症候群という、失明した本人がその事実に気づかない稀な疾患が存在する。そんなことあるの? と思うかもしれないが、頭頂葉への損傷によって視覚信号の解釈機能が失われていると、視覚系が失われた時にその事実に気づけないのである。
アントン症候群の患者は目がみえないので、医者が「これが見えていますか?」と手に持っている林檎をみせても、答えることはできない。しかし、患者は自分は見えていると思っているので「見えていない」ことに合理的な理屈をつけて説明する。「部屋が暗すぎて見えない」とか、「ペンを持っていますね」と適当なことをいうとか。
本書はそうした謎めいた症状を発生させる脳を解析し、意識と無意識に関する疑問を調査していく。新しい理論を提示するようなものではなく、いろんな事例の紹介集といった趣向の本だが、その問いかけがどれもおもしろい。
たとえば産まれたときから目の見えない人が、夢の中で映像を見ることがあるのはなぜなのか? 統合失調症患者にはなぜ幻聴が聞こえるのか? 催眠術で人を殺させることはできるのか? などなど。この10年ぐらいで日本で出た神経科学、脳科学関連のサイエンスノンフィクションはほぼ全部読んでいるけど、知らない事例もあったりして、この分野についてたくさん読んでいる人でも楽しめるんじゃないかな。
念のためもう一回書いておくが、決して宇宙人の実態を探るような本ではない。