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宇宙の終わりには何が起こるのか──『すごい物理学講義』

すごい物理学講義

すごい物理学講義

本書はループ量子重力理論という近年盛り上がっている物理学の分野を、第一人者であるところのカルロ・ロヴェッリが解説したポピュラー・サイエンス本である。この分野については、日本ではあまり本の数が出ていないが、2016年の11月には白揚社から『繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像』という本が邦訳で出ている。こちらもこちらでおもしろかったんだけど、正確に紹介できる気がしなくて記事としてはあげられなかったので、今回はリベンジマッチだ。*1

そういうわけなのでループ量子重力理論についての本は出来る限り読みたい気持ちはあったのだが、何しろ本書は書名が書名なのでサーバルキャットが書いたのかなとしか思えず、手が伸びなかった。とはいえ、各所で評判も上がり始めており、基本的に絶賛である。ようやく読んでみたら、そもそものループ量子重力理論とは何かの説明に入る前の、相対性理論や量子力学の解説からしてやたらとおもしろい! 科学とは何かを繰り返し繰り返し述べ、読者をアジテートする文章を書いてくる。

科学的思考は世界を探索し、描きなおす。そうして、わたしたちが抱く世界のイメージを少しずつ刷新していく。世界についてより的確に考える方法を、科学はわたしたちに教えてくれる。科学とは、思考の在り方を絶えず探求していく営みにほかならない。わたしたちがあらかじめ抱いていた考えは、科学によって揺さぶられる。

というように。相対性理論とか量子力学とかの初歩的な説明は何度も読んでいるから、今となっては読み飛ばすことが多いのだけど、本書の場合は科学の発展の歴史を「いかにして世界認識が塗り替えられてきたか」というテーマで描きこんでいくのがおもしろく、ついつい読みふけってしまった。なので、ループ量子重力理論云々の前に、限定的ではあるものの物理学の歴史を辿る本としてもオススメである。

で、ループ量子重力理論ってなんなん?

で、ループ量子重力理論ってなんなの? という話ではあるけれども、簡単に要約すれば相対論と量子論を統合した理論の候補として研究が進められている仮説のひとつである。とはいえこの統合が難しく、量子力学と相対性理論は"どちらも正しく"、かといってその両者間には矛盾があるという問題が存在していた。

相対性理論によれば、空間は連続的で屈曲している。一方、量子力学が扱う量子は、平板で均質な空間の中に分布している。量子論は物質を記述するのに用いられるが、重力、空間、時間の記述には用いられず、そこは相対性理論の範疇として、お互いがお互いに触らぬよう分割運用されてきたのである。じゃあ、それぞれが得意分野を担当しているのであればそれでいいではないか、サンは森でわたしはタタラ場で暮らそうとなるかもしれないが実態としてはそれでは解けぬ問題がでてくる。

たとえば相対性理論で考えると宇宙のはじまりとして、ビッグバンと呼ばれる宇宙の温度が無限大になる一点に出会うのだが、この無限大とは要するに何とも説明がつかぬものであって、理論が限界値を示しているにすぎない。つまり相対性理論ではビッグバンが起こった瞬間やブラックホールの内部がどうなっているのかといった極小のスケールにおける時間と空間について把握できず、量子力学の力を必要とするのだ。

そうした問題を解決するために相対性理論と量子力学は統合されようとしている。その重要な論点の一つは空間と時間に関するものだ。たとえば相対性理論は我々に「空間とは不動の箱ではなく、重力によって曲がったりする性質」があることを教えてくれた。一方量子力学は「そうした性質を持つあらゆる場は、量子からできている」、つまり「細かい粒状の構造(量子)によって空間は作られている」ことを示す。

「だからなんなんだ」と思うかもしれないが、つまるところ空間は空間の原子によって出来ていて、そうなると空間には分割可能な最小単位が存在することになるので、分割しても分割しても分割し続けられるとした(アキレウスと亀みたいな)時に出現する、無限大の概念が少なくとも空間から消えるのである。で、この「連続的な空間は存在しない」という前提に立つと、『現象の発生過程のなかを流れる連続的な時間という概念も消えてしまう。これが、量子重力理論の前提である。』といって、相対性理論で重要な位置を占めていた時間の捉え方も一変するのである。

ビッグバンが起こる前、宇宙は収縮を続けていた。言い換えれば、宇宙は自らの重みでどんどんと崩壊していき、最終的に熱くて高密度のビッグバンが生じた。こうした過程は古典論では解析できない。だが、量子論的な性質を考慮に入れたより包括的な理論、つまりループ量子宇宙論ならば、その古典論の限界を乗り越えられる。ビッグバン特異点は、アインシュタインによって定式化された世界を記述する言語の限界であって、世界の限界ではないのである。

上記は『すごい物理学講義』ではなく『繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像』からの引用だが、少なくとも仮説としてはここに至り、巨視的なスケールで空間と時間を把握する相対性理論と微小なスケールで作用する量子力学の間で整合性がとれるようになってきた。おかげで相対性理論を用いた時に現れていた無限の概念は消え、実際に量子論でビッグバンの時に何が起こっていたのか、ブラックホール内部はどうなっているのかがようやく計算できるようになるのである。

おわりに

というのも理論的に考えられる、という程度で、まだまだ実証/確証がとれていない(取れるのかさえわからない)段階にあるが、現在最先端の物理学の一端を理解し、描き出す宇宙像を夢想するのはワクワクする試みだ。我々は、我々の宇宙の前に何があったのか、宇宙が終わった後に何が起こるのかを理解できるかもしれない。椅子に座ったままでそうした「世界認識」が一変する瞬間が味わえるのだから、たまらない。

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

*1:ちなみに、『繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像』は原書刊行が2009年であり、『すごい物理学講義』の原書刊行は2014年なので、情報としてはこちらのほうが新しい