僕はけっこうSFを読むのだが、それと同じぐらいにサイエンスノンフィクション(SNF)も好んで読む。もちろんそれは単純に僕がどちらも好きだからなのだけれども、SNFについてはハードなSFを読むように愉しんでいる側面があるように思う。
たとえば最先端のSNFは不確定な領域を扱うものが多く、宇宙論などは特にそうだが今はまだ実験不可能で、数学的な整合性だけで成立している推論も紹介されることがある。そこまでいくとキャラクターがいない以外は、もの凄くハードなサイエンスフィクションとそう変わらない──と、そう言い張ることができるし、まさにそういう理屈で、僕はサイエンスノンフィクションの多くをSFとして読んでいるのだ。
フィクション読者とノンフィクション読者の間には断絶があり、読書家であってもどちらかしか読まない場合が多いのではないか(これはただの感覚値だけれども)と僕は思っている。それは勿体無いなと思うので、とりあえずSFファンに向けてサイエンスノンフィクションのSFとしてのおもしろさを書いてみようと思う。
宇宙について
- 作者: マーチン・ボジョワルド,前田秀基
- 出版社/メーカー: 白揚社
- 発売日: 2016/11/23
- メディア: 単行本
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ループ量子重力理論の考え方、物理法則への仮説を適用すると、宇宙はビッグバン以前にも存在しそれが現在の宇宙とどう異なっていたのかまで見積もることができる。しかし、この理論はあくまでも研究途中であり、実験や観測により裏付けはとれていない。現状この理論に存在するのは、理論を方程式によって定式化する際の数学的な整合性と、不完全な一般相対論を補完しようとする雑多な理論的考察に過ぎない。
ループ量子重力理論の詳細な紹介はまたの機会に譲るが、この理論が最終的にもたらす可能性は現在の宇宙観を一変させ得るものだ。たとえ推論に過ぎないとはいえ、その可能性──世界の限界が更新されていく様を頭に思い浮かべると、たまらなく興奮してくる。そのうえ、著者の文章も飛ばしまくっている。
ビッグバンが起こる前、宇宙は収縮を続けていた。言い換えれば、宇宙は自らの重みでどんどんと崩壊していき、最終的に熱くて高密度のビッグバンが生じた。こうした過程は古典論では解析できない。だが、量子論的な性質を考慮に入れたより包括的な理論、つまりループ量子宇宙論ならば、その古典論の限界を乗り越えられる。ビッグバン特異点は、アインシュタインによって定式化された世界を記述する言語の限界であって、世界の限界ではないのである。
ループ量子重力理論によると、ブラックホール特異点で何が起こっているのかもある程度見積もることが可能になる。その仮設の一つでは、ブラックホール特異点は子宇宙へとつながっており、少しずつ物理定数も変わっていくと考えられている。子宇宙、孫宇宙(子宇宙の中のブラックホールから生まれた宇宙)と連綿とつながっていくうちに、「子宇宙を生み出しやすい物理定数」の宇宙が生き残ることを考えると、そこには宇宙の進化論ともいうべきものが浮かび上がってくる──。
正直言ってこれが本当化どうかなんて誰にもわからないが("まだ"実験/観測できないから)、そうしたワクワクさせられる仮説が、少なくとも数学的な整合性を持って立ち現れてくる宇宙論の本は、僕にとってはものすごくハードなSFなのである。
生物の誕生について
- 作者: ニック・レーン,斉藤隆央
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 2016/09/24
- メディア: 単行本
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そんな宇宙における生命の普遍的特性ともいえる題材に真正面から取り組んだのがニック・レーンによる『生命、エネルギー、進化』である。いろいろなトピックについて触れていく本だが、何より興奮させるのはもちろん生命のはじまりについて。これについて本書では、細胞を一からつくるには、まず前提となる有機物生成のために反応性の高い炭素と化学エネルギーが原始的な触媒のもとを継続的に流れる必要があるが、現状必要な条件全てに合致するのはアルカリ熱水噴出孔だけであるとしている。
ところが、アルカリ熱水噴出孔には「必要物」、たとえば水素ガスは豊富にあるものの、これは普通の状態ではCO2と反応せず、有機物を形成しないという問題が残っていた──。ここからが特に凄いところだが、著者らが行った研究によると、アルカリ熱水噴出孔が持つ物理的構造が天然のプロトン勾配(細胞膜の内外に生じる+Hの濃度差によってATP合成のエネルギー源となる)として機能することで、反応に対するエネルギーの障壁を打ち壊し、有機物の生成を促すことが明らかになったという。
これが事実であれば、アルカリ熱水噴出孔は水とカンラン石の化学反応によって形成されるので、岩石と水とCO2があれば生命に必要な諸条件はひとまず整うことになる。著者は、その場合生命におけるプロトン勾配含む化学浸透共役のシステムは『まさに宇宙における生命の普遍的特性であるはずだということが示唆されている。つまり、地球以外の生命も、細菌や古細菌が地球上で直面しているのとまったく同じ問題に直面するはずなのだ。』とまで言い切ってみせる。これには痺れた。
もちろん宇宙は広く、他にどんな方法で生命が発生しても不思議ではない。しかし岩石と水とCO2というのは揃えるのがそう難しいものではなく、必然的に本書ではそれらが揃えば地球と同じような道筋が繰り返されてもおかしくはないと主張している。地球上の生物の基本的なシステムの理由を追っていった先に「宇宙における生命の普遍的特性」が浮かび上がってくるというわけで、なかなかに心踊る展開である。
機械道徳、宇宙倫理
果たして人間と同じように思考をする人工知能にどのような権利を与えるべきだろうか? 自動運転車が事故を起こした時、誰に責任をおわせるべきか? 機械に"正しい"道徳を教えることは可能か? などの人工知能周りのテーマは何も説明することもなくほぼSFだが、それについては先日記事にもしたので割愛する。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
- 作者: 稲葉振一郎
- 出版社/メーカー: ナカニシヤ出版
- 発売日: 2016/12/26
- メディア: 単行本
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現在でも静止軌道をめぐる取り決めはあるが、今後地球周回軌道上が希少資源となり、軌道を周回する権利が国家による固有の財産として管轄下に置かれる可能性もある(『通信や探査を中心に、宇宙の商業利用がますます活発化する現在、「宇宙活動の民営化」とでも言うべき課題が浮上しつつある』)など、ショートレンジで議論すべき点は多い。逆に、数千年単位の広い視点まで検討するのであれば、地球外生命との遭遇時にどんな道徳的対応をすべきかという問題が立ち上がってくる。
ファーストコンタクトはSFではおなじみのテーマであるし、本書でその後語られる宇宙植民の現実的可能性についての稿は非常に説得力ある形で"宇宙植民のありえる形"──人間はどんな動機で宇宙植民をする/あるいはしないのか? 資源を目当てにした場合、それが割にあう可能性はあるのか? などなどを導き出してみせる。もはや説明不要でSFファンにオススメできる一冊だ(書いていて思ったけどサイエンスノンフィクションとはちょっとジャンルが違ったねこれは)。
おわりに
この稿ではひとまずここ最近読んだ中でわかりやすい部類のものを引っ張ってきたが、まだまだこんなもんじゃなくSFとしておもしろいサイエンスノンフィクションは溢れかえっているので、また機会があったら紹介してみたい。