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宇宙以前から宇宙以後までを知るためのサイエンスノンフィクション

宇宙が始まる前には何があったのか? (文春文庫)

宇宙が始まる前には何があったのか? (文春文庫)

近年急速に観測技術が上がりビッグバンやその後の宇宙を理解できる、たしかな理論的道筋が見え始めた。そうすると今度は、宇宙そのものがどのように出現したのか、あるいは宇宙が「終わった」後には何が起こるのか、そもそも宇宙に終わりはあるのかといった極端な事例への好奇心がむくむくと沸き起こってくる。

しかし、「終わり」についても「はじまり以前」についても今のところわかっていないこと、わかりようがないことが多く含まれており実験で検証することが著しく困難で、多くは推論の域を出ない。それでは物理学は無力なのかといえばそうではなく、たとえ推論であっても、理論的考察と理論を方程式によって定式化する数学的な整合性はたしかな知識と与えてくれる。それになんといっても"おもしろい!"

というわけでここでは、魅力的な「宇宙以前」について語られた本、「終わり」について語られた本、「終わったあと」にまで射程を広げた本といくつかの宇宙論関連のサイエンスノンフィクションについてつらつらと語りたいと思う。

宇宙がはじまる前には何があったのか

宇宙はビッグバンによって生まれ、膨張がはじまったとされる。しかし「なぜ膨張がはじまったのか」について魅力的な理屈はあるものの、確かな理屈は存在しない。

そもそも、膨張がはじまる前は何があったのか? からして不可解である。これは魅力的な問いかけだが、フランスの科学研究所で研究をしているオレリアン・バローの説では、時間はビッグバンを通過できず(極めて高密度の状態においては、時間は完全に空間へと変換されるという理論がある)直接的な観測は困難であるという。こうしたビッグバン以前に存在したであろう宇宙の情報を、現在の我々が知ることはできないとする主張は「宇宙の忘却」と呼ばれ、近年も熱い議論が起こっているようだ。

とはいえ、手がかりがないわけではない。たとえば2013年にはそのものズバリな書名の『宇宙が始まる前には何があったのか?』が刊行されており、"無から宇宙が生じ得る理論"の仮説が紹介されている。無とは普通何もない状態のことをいうが、物理学的には「ゆらぎ」だけはすべてのエネルギーを抜き取っても最後まで残る。このゆらぎをもう少し詳しく説明すると、仮想粒子(測定不能なほど短時間に出現しては消える粒子のこと)が生成され対消滅を繰り返している状況のことだ。

で、ビレンキン博士の仮説によるとこのゆらぎの状態からトンネル効果(エネルギー的に超えることのできない領域を一定の確率で通り抜けてしまうこと)によって大きさを持つ宇宙が生まれ、一般相対性理論によればエネルギーを持つ空間は指数関数的に膨張し、きわめて小さな初期空間は今日観測可能な宇宙へと広がる可能性を持っていると話は繋がっていく。問題は結局のところ観測することはできないことだが、少なくとも理論的にはまだ否定されていない上に研究も進んでいる(と思う)。

宇宙の終わり

続いて一般的にはビッグバンが起こって我々の今いる宇宙がはじまったと考えられているわけだが、そんな宇宙の"はじまり"から"終わり"までを一冊かけて説明している、この数ヶ月ぐらいに出た中で個人的にオススメの一冊が『宇宙に「終わり」はあるのか 最新宇宙論が描く、誕生から「10の100乗年」後まで』である。

そもそも宇宙の終わりをどう定義するのかが問題だけれども、本書の中では構造形成を起こす材料もエネルギーも供給されない、"活動をやめた"状態を宇宙の死、ビッグウィンパーであるとしている。どのような過程を辿ってそのビッグウィンパーに到達するのかといえば、たとえば太陽程度の質量を持つ恒星はおおむね寿命が数百億年以下なので、100億年も経てば次々とその姿を消してしまう。新たな恒星が渦巻銀河や矮小銀河で誕生するが、生まれる数より減る方が多いので総数としては減少する。

1該年も経つと銀河を構成する天体はほぼ蒸発、残った天体も銀河系中心部のブラックホールへと飲み込まれていく。いくつかの理論によれば1澗(10の36乗)年も経つと今度は陽子の崩壊がはじまり、物質はどんどん失われていく。宇宙暦1正年(10の40乗年)頃には、陽子と中性子はその姿を完全に消し、電子、陽電子、ニュートリノ、光子が薄く漂う状況へ。だが、現象的にはまだブラックホールが残っている。

ブラックホールもホーキング放射(これまた真空ゆらぎからのトンネル効果によって粒子が対生成を起こし、その片方が外へ放出されるので内部エネルギーが減る)によってエネルギーを失い、いつかは(10の100乗年後)蒸発すると考えられている。つまり、何も変化の起こらなくなる宇宙の終わりは概ね10の100乗年後といえる。

では、終わった後には何が起こるのか?

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

繰り返される宇宙―ループ量子重力理論が明かす新しい宇宙像

もちろんこの「終わり」は単なる仮説に過ぎないわけだけれども、「それじゃあ宇宙が終わった後には何が起こるのか?」という疑問も当たり前のように湧いてくる。いくつもの仮説・理論が存在するが、そのうちの一つである「ループ量子重力理論」では、ブラックホール内部は別の宇宙へと繋がっており(子宇宙と上記の本では記載)、宇宙は次々子宇宙へと"分岐"していくのではないかとする理論も導き出せる。

無茶なと思うが、少なくとも理論的には成立するようだ。軽く量子重力理論について前提を説明すると、時空の歪みが大きくなる特異点(ビッグバン&ブラックホール)では一般相対論が破綻する為、これを解析するためには量子力学と一般相対論を組み合わせた理論が必要なのではとする考えから生まれたのが「量子重力理論」である。

このうちの一つのモデルであるループ量子重力理論では、時間と空間に最小単位を導入し離散的な時間という概念を用いることで、一般相対論が想定する宇宙の動きとは大きく異なる挙動をみせるようになる。たとえば一般相対論によれば、収縮する宇宙のエネルギー密度は際限なく大きくなるはずだが、量子重力理論で想定される有限の大きさを持つ「時間」では、蓄えられるエネルギーにおのずと限界が生まれる。

そのためビッグバンのような極端な事象が起こり貯蔵できなくなるほどのエネルギーが発生した場合にはそれが溢れ出し、斥力に転嫁すると考えられている。これをビッグバンに対して適用すると、一般相対論が想定する特異点による崩壊は自然と回避され、収縮と膨張を繰り返す宇宙観起源が理論的に立ち上がってくることになる。

これは理論をビッグバン特異点に適用したパターンだが、ブラックホール特異点に適用すると先の子宇宙の話に繋がってくる。この仮説によると生み出される新しい子宇宙は物理定数がわずかに変化することも理論的に予測されており、子宇宙のブラックホールから孫宇宙が生まれるかはその子宇宙が持つ物理定数によって決まってくるため、それによって宇宙進化論ともいうべき統計的淘汰が起こることも予測される。

正直言って観測による実証が難しいだけに、研究者でもない一読者としては「おもしろい理屈だなあ」というところにとどまっているが、子宇宙の概念とか宇宙進化論の概念とかめちゃくちゃおもしろいしSF脳がうずきだしてしまう。

おわりに

とまあこんなところでいったんやめておきます。宇宙論の話は観測の不可能な部分が多いだけに、純粋に理論に寄ったいくつもの仮説があって、その壮大さに対して、ほとんどSFを読むようにして楽しんでしまう。