- 作者: オマルエル=アッカド,Omar El Akkad,黒原敏行
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2017/08/27
- メディア: 文庫
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著者のオマル・エル=アッカドは本書がデビュー作だというし、特に期待せずに読み始めたのだが、これが大変な大当たり。アメリカで第二の内戦が勃発するという導入部には説得力があり、南部に生きる一人の女性の人生を主軸に据え、"戦争状況"のあまりの凄惨さ、苦痛、戦争の合間に現れる小さな喜び、何よりその強烈な"報復"への決意など、感情がダイレクトに伝わってくるクリアな文体が素晴らしい。序盤は世界観設定の開示、物語の方向性がよくわからないということもあってたらたらと読んでいたが、下巻にいたるともう止められずに一気に最後まで読み切ってしまった。
内戦の発生からその顛末までは、末期がんに侵された歴史研究者にして、本書の語り手による「プロローグ」でおおむね明かされてしまう。内戦下で繰り返される自爆テロ、起こったとされる"虐殺"、いつまでも飛び続け爆弾を落とす〈戦闘鳥〉という〈再統合疫病〉と名付けられた、1億人以上を殺したと言われる疾病の蔓延──。
つまり、物語は最初から終わっているとも言えるが、本書の実態は第二次アメリカ南北戦争によって人生を破壊された、サラット・チェスナットの"報復のための"人生を通して、"アメリカン・ウォー"とは何だったのかをただただ突き詰めて理解していく過程である。なぜ虐殺は行われたのか。分裂した人々の間にどのような葛藤があったのか。なぜ、いったんは再統合へと向かうはずだった内戦に、〈再統合疾病〉などという病が発生してしまったのか。そこにはどんな感情の動きがあったのか。
戦争とは歴史でみると「なんでそんなことで始まっちまったかな」とか「もっと話し合えばよかったのに」とか「なんで報復なんかするのかな」と疑問に思うことばかりだが、本書ではサラット・チェスナットの人生を通してその過程を経験することで、それにただただ共感、あるいは理解してしまう。「そういうことだったのか」と。SFだしディストピア物でもあるのだけれども、まるで大河ドラマ(確定した歴史の実態を、個々人の人生に寄り添ってみていく)のようなおもしろさがある。
世界観とかあらすじとか
と、だいたい言いたいことは言ってしまったが、もう少し世界観を紹介してみよう。先にも書いたように沿岸部は水没しつつあり、化石燃料の規制によって最終的に南部の五つの州が「それなら離脱したほうがマシだ」と離脱を宣言。アメリカ合衆国本体は当然それを許さなかった。これに関してはサラットの母親の述懐がまた染みる。
マーティンはときどき、結局のところ、アメリカ合衆国というひとつにまとまった国家など、実質的には存在したことがなかったのではないかと思うことがある。大昔に、祖国とはなにかを深く考えることもなく、ただ便宜的にものごとを行おうとする連中が、もともと境界線がなかったところへ、地図上で勝手に線を引き、それぞれにちがう国々をひとつの国にまとめてしまった。オハイオ州コロンバスにある合衆国政府が、すでに分裂しかけている国家をひとつにしておくために金と血をそそぎつづけるのはもうやめたらいいだろうとマーティナは考える。
まだ子どもであるサラットを含むチェスナット家は、一家揃って比較的安全な北部へと移住する準備をはじめていたが、父親であるベンジャミン・チェスナットは北部での準備中に南部の人間による自爆テロによって命を落としてしまう。南部の武装組織はテロを実行しそうな人間──自殺未遂者、学校でのけ者になっている若者、神への信仰にのめり込んだ冷酷非情で過激な信者──などなどを取り込んでいるのだ。
チェスナット家は難民キャンプへと移動するが、そこでは暇な子どもたちが武装組織へと入り、サラットもまた自爆テロをそそのかすゲインズを名乗る男とつるむようになる。不穏な空気は高まっていき、北部兵による南部民の虐殺によって、南部にとっても、サラットにとっても引き返すことが不可能な領域まで到達してしまう。
「やったのは第二十一インディアナ部隊という民兵組織だ。正規軍じゃない。だが、おそらく北軍の上層部はそいつらがなにをするか知っていた……」
「そんな話はやめて」サラットはいった。「やつらの話はもう聞きたくない。やつらの州の州都を暗記したり、やつらがあたしたちをどんなひどい目にあわせてきたかを勉強したりするのも嫌だ」
「じゃ、なにをしたいんだ?」
「やつらを殺したい」
サラットの報復がはじまる。
おわりに
もちろんこれは大変な目にあった女性が復讐を完遂してすっきりしてめでたしめでたしという、美しい復讐の物語ではない。彼女の復讐はアメリカ含む世界を泥沼に陥れていくし、彼女の復讐心そのものがゲインズによって煽り立てられたものでもある。正義もなければ悪もなく、ここにはただ複雑に絡み合っていく状況があるだけだ。
彼女がここから戦っていく過程、拷問、またそこからの回復……物語の"歴史"はプロローグで明かされたまま何も変わっていないが、その見方は、読み終えたときには大きく変わっている。読んだ人にしかわからないだろうが、ただ川を泳ぐだけのシーンがこんなに素晴らしいのかと驚いたり、サラットの妹や親戚含む家族の思いがね(妹がいつも姉に可愛い子ちゃんと呼びかけるところとか)、またいいのよ……。
紛うことなき傑作なので、政治がどうとか関係なく、ただひたすらにおもしろい小説を求めている方はどうぞ。この二ヶ月ぐらいで、『わたしの本当の子どもたち』、『シンパイザー』、『ゲームの王国』とか、戦争物の傑作を読み続けているので「え、小説ってこんなにおもしろかったんかい」と今更ながらに驚いている。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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