- 作者: エイミー・カウフマン,ジェイ・クリストフ,金子浩
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/09/21
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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ただ、本書の凄さ/特徴はそれだけではない。まずその語りから取り上げるが、何しろ、本書は物語の全篇にわたって、事件が終わった後に収集されたメールや報告書、チャット・ログ、監視カメラの要約といった、一人称でもなければ三人称でもない、客観資料によって語られていくのだ。小説では人称の問題はメタ的にも取り上げられることが多いが(三人称視点を綴る神の如き存在はいったい誰なわけ? とか)、映画のPOV(一人称視点)作品のように、これは一つの解決法といえる(読み味も近い)。
もう一つの特徴は、そうした物語を綴るインタフェースである。何しろ報告書やメールで描かれていく体裁上、その内容はただ通常の小説のように記載していけばそれで終わりというものではない。メールであったらメール画面が。報告書であったら報告書のフォーマットが用いられ、ウィキペディアのようなWebサイトの画面が出てきたり、船内図が並んだり、死亡者リストが何ページも続いた後に唐突に死亡者の顔がそのまんま記録として大量に貼り付けられていたりする(滅茶苦茶びっくりした)。
【すごい本】
— 早川書房 翻訳SFファンタジイ編集部 (@hykw_SF) 2017年9月11日
『イルミナエ・ファイル』のゲラの冒頭のところをちら見せしますね。とりあえず、全編こんな感じ。というか、もっとすごくなります。
今後10年は『あのスゴイ本』で通じるモノを作ったという、ね。そういう気分です。https://t.co/Bm3dgtOyFb pic.twitter.com/w9PUDL30Im
人工知能のコアから得たデータには、人工知能の思考が文字列として記載されているわけだが、当然ながら彼らの思考は人間とは異なる。それは時に波のようにうねっており、時に複数の思考が同時並列的に並んでおり、と、"人工知能の思考"を文字として連ねるだけではなく、映像×文字として読者に理解させようと無数の手法で迫ってくるのである。3つの危機が同時進行する複雑なプロットでありながら、本書はそうした仕掛けによってまず何よりも"直感的にわかりやすく"構築されているのだ。
と、小説を読むというよりかはもうグラフィック・ノベルを読むようにして楽しむぐらいの心意気か、オープンワールドゲーなんかでよくある図書館や人の家にあがりこんで勝手に報告書とか本とかレポートを呼んだりする感覚で楽しめる一冊だ(値段も小説というかゲームやアメコミに近い)。ページの内容を実際にお見せ出来ればいいのだけど、僕が勝手にあげるわけにもいかんので、公式の動画を載せておきます。
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あらすじとか
それはそれとしてメインストーリーもしっかりあるのでそこを紹介しよう。
舞台となるのは2575年、辺境惑星ケレンザⅣでの違法なヘルミウム鉱山採取をめぐって、企業+地球連合権威執行機関の戦闘が勃発。入植地の民間人たちは完全なるとばっちりを受けたわけだが、地球連合権威執行機関の艦によって救助され、ハイペイシャ、ブラーエ、コペルニクスという3隻の宇宙船へと送り届けられることになる。
だが、救助されたはいいものの、最寄りのジャンプステーションまでは半年以上の航行が必要で、すぐに敵戦艦に追いつかれてしまう上に、船内では特殊なウィルスが蔓延し感染者が増えていく。さらに人工知能AIDANは病気をアルファゼロ級の病原体と判断し、即刻感染者らの乗った船を撃墜せよと指令をくだしはじめる──。
敵艦、病気、暴走人工知能と絶体絶命×3という感じだが、物語の中心となるのはケレンザの襲撃の日にちょうど喧嘩別れしてしまった男女のカップル(片方は女子高生の凄腕ハッカー)。離れ離れになってしまった二人のメールのやりとり、検知されないように7分間だけ交信可能なチャットの応酬なんかはベタな恋愛小説でもここまでストレートには書かないんじゃないのと思うレベルで、微笑ましくおもしろい。
共著者のうちの一人エイミー・カウフマンは著名なスペースオペラの書き手で、もうひとりのジェイ・クリストフはニンジャスレイヤーのチームが翻訳を手がける『ロータス戦記』の書き手でもありとストーリー方面も納得の充実度である。
おわりに
一つ一つの要素に新しさこそないものの、組み合わせの妙と何より本書の特異な体裁をより活かすような内容になっている。続編もあるし、映画化も決定しているようだが、いったいどういう映画になることやら、まったく想像もつかない。ま、さすがに高いのでいきなり買うんじゃなくて一回本屋とかでのぞいてみてほしいところ。本のつくりも非常によいんです。