基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

非予定調和型作品・第二次世界大戦・世界の辺境

はい、それでは2015年の8月に読んだ本の中から幾つかピックアップしまとめてお伝えしようという月まとめのお時間です。8月の前半はここは人間が暮らす世界じゃないと思うレベルで暑かったのに後半は8月とは思えない寒さになって気候的には1月の間に起こった出来事とは思えない変動っぷりですが変わらず面白い本は出続けてけております。今月はでも振り返ってみると僕の読書としてはノンフィクションがちと弱かったかな。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
個人的に8月は何が一番楽しかったかと言えば本ではなくテレビバラエティ作品『水曜どうでしょう』で、夏休みを潰して見れるものは全部見て関連書籍を読み漁ったというハマリよう。一つ記事も起こしたけれども、延々と『水曜どうでしょう』を見ていく中で自分がこれまで観て、読んでいたものがひとつにつながった感覚があった。それが「非予定調和型」の作品という分類で、一言でいってしまえば「ランダム性=結果予測不可能性=ゲーム性」を意図的にエンタメの構造として取り込む一連の作品群になる。

それはどういうことかといえば──と続けていきたいところだけど、これは自分なりに会心の理論が出来たなと思ったので来年にでも電子書籍にしてまとまった論として出そうと思っている。その理論の本質的なところは↑の記事に一部まとめているが、けっこう応用できる範囲が広いなと思ったので。それぐらい水曜どうでしょうは「エンターテイメント」とは何なのか、人は何を面白いと感じ、どういう時に笑うのかについての気づきに満ち溢れていて見ているときの笑いはもちろん得ることが大きかったなあ。

8月のオススメを振り返る【フィクション篇】

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小説は話題作が目白押しですが一つ特別にピックアップするなら『伊藤計劃トリビュート』かなと。これ、あんまり中身は伊藤計劃関係なく「日本SFの新鋭」らの中篇小説集として読めるので、日本SFを知るにはいい一冊だったり。本作がデビュー作の新人作あり、長篇の一部ありと、当然アンソロジーならではのクォリティ的なばらつきはあるけれど、総じて良い出来かと。

SFマガジン、メタルギアソリッド、映画と合わせて話題性も抜群。藤井、長谷、仁木氏の安定感ある作家陣に加え、ハヤカワSFコンテストから出てきた新鋭、まったく別種の場所から出てきた王城夕紀さんの圧倒的な才能と「これから先」にわくわくさせる布陣だ。あ、余談になるけれども、SFマガジン10月号は伊藤計劃特集ですが僕はいつもどおり連載を書いている。伊藤計劃特集には特に書いてないけどヨロシク。

SFマガジン 2015年 10 月号 [雑誌]

SFマガジン 2015年 10 月号 [雑誌]

8月のオススメを振り返る【ノンフィクション篇】

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ノンフィクションで特に取り上げたいのは『習得への情熱—チェスから武術へ—:上達するための、僕の意識的学習法』で、これはチェスと武術、どちらもプロ(武術にはプロに相当する概念があるのかは微妙だが)の腕前で戦い、学習してきた著者が送り出す「学習の技法書」だ。チェスと武術のようにまったく異なるものであっても、「経験し、学んで、自分のものとしていく」抽象化されたレベルでいえばまったく同じことをやっているのであり、その深い部分で共通しているものを言語化したものが本書になる。

もちろんそうした習得の技法そのものも興味深いのだが、それと同じぐらい、彼がチェスでいかにして戦い、のめりこんで、次に武術にのめりこみ、それぞれどんな深淵を覗きこんだのかというそれぞれの体験記も面白い。記事に飛んでもらえればわかるのだが、とにかく文章が面白いんだよね。チェスは感覚的に、太極拳は逆に理屈っぽく饒舌に語り尽くしてみせる。これ、本が明らかに面白そうなこともあってあっという間にAmazonで全部はけちまって、いまだに在庫が回復する目処がたたないんだけどね。

フィクション次点

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フィクションの次点で取り上げるなら──今月は特にSFで豊作。クリストファー・プリーストの『双生児』は、我々の歴史から変わってしまった「後の」歴史ではなく「今まさに変わりつつある歴史」を描く。第二次世界大戦下のイギリスを舞台にして本書は展開していくが、単なる情景描写であっても引き込まれてしまう圧倒的な描写力、戦争というとらえどころのないものをまるごと包括してみせるような着実な筆致でとにかく読んでいるのがとても気持ちのいい作品である。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
『屍者の帝国』以来3年振りの新刊となる円城塔さんの『シャッフル航法』は文体が冴えに冴えて素晴らしい短篇集。ストーリーが面白いというか、文章を読んでいるのが楽しい、だけじゃなく「文章の並びを見るのが楽しい」までく作品はなかなかないもので、円城塔さんの「シャッフル航法」はその域に達している。『屍者の帝国』映画化に合わせて──なのかどうかは知らないし、『屍者の帝国』が好きだからといって本書に手を出すとやけどをするような気もするが、記事を読んでみればどのような内容かはわかる。

SF以外だと米澤穂信さんの『王とサーカス』がさすがの出来。ネパール王族殺害事件という実際にあった事件を扱いながら、「事実」をただ伝えることの難しさへと挑む。決して派手派手しいわけでもなく、劇的な展開を迎えるわけでもないのだが、米澤穂信さんの今までの経験と技術が総動員された作品のように感じた。huyukiitoichi.hatenadiary.jp

ノンフィクション次点

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ハヤカワ文庫補完計画の一環で新版として出た『大日本帝国の興亡』は第二次世界大戦下の日本の動向を知る為には最適なシリーズだ(全5巻)。終戦後約25年の期間の後行われた膨大なインタビューは、関係者がそろそろ真実を語るにはちょうどいい距離があいた時であり、同時にまだ関係者が死んでいない絶妙のタイミングであったのだろう。今ではこういう本は作れない(関係者が死んでるから)。

読むとわかるが、「戦争がやりたくて仕方がない」と誰一人思っていなかったとしても戦争は始まってしまうものである。当時の日本側が開戦に踏み切ったのは「いまやれば、勝てる可能性はゼロではない。逆に、いま事を起こさねば、絶対に勝てないし、もっとひどいめに遭う」に違いないとする強烈な恐怖感が占めており、多くの人間が反戦へ向けて交渉にも動いていたにもかかわらず、ささいな行き違いや思い違いが結果的にあれほどの被害をもたらす戦争に繋がってしまう。

どのようにして国家というものが戦争へとなだれ込んでいってしまうのか、その詳細が本書には丁寧にインタビューから浮き上がってくる。huyukiitoichi.hatenadiary.jp
第二次世界大戦つながりで、ナチス・ドイツに大虐殺を受けたユダヤ人が、実は国家的な復讐ではないものの各地で法にのっとらない私的な復讐を遂げていた事実を当事者らへの取材から解き明かした一冊として『復讐者たち』を。テロのように相手の家へ押し入り、射殺した一人の若き男もいれば、組織的に元ナチス兵の収容所の食事へ毒を塗りこみ大虐殺を目論んだ例もある。少人数のチームを組んで、目星をつけた元ナチス兵を一人一人闇夜に紛れて暗殺して回った人たちもおり、「人間がどんな時に復讐を起こし、そこに本人ラはどのような意味と大義を感じているのか」を解き明かしていく過程は実にエキサイティングだ。

世界の辺境とハードボイルド室町時代

世界の辺境とハードボイルド室町時代

  • 作者: 高野秀行,清水克行
  • 出版社/メーカー: 集英社インターナショナル
  • 発売日: 2015/08/26
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
  • この商品を含むブログを見る
あと、まだ記事は書いてない(HONZに書こうかなあと思っている)『世界の辺境とハードボイルド室町時代』が、高野秀行さんと清水克行さんによる抜群に面白い対談本だった。対談本って、忙しけど本は売れるネームバリューのある人にちゃちゃっと本を出させるために企画されることがあって、そういう本は大概お互いのことをよく知らないから、表層的な会話に終始するつまらない本になりがちだ。読書家であるほど「対談本」は警戒する傾向があると思う。

ところが本書は最初は企画でもなんでもなく、たまたま編集者が同席した場で二人があって話していたらめちゃくちゃおもしろかったので本にしましょうかという「偶然」の経緯をたどった本で、お互いがお互いの本を読み込んで、両者の良い面を引き出しあっている優れた対談本なのだ。高野秀行さんは最近『独立国家ソマリランド』などで名前が売れ出したエンターテイメント・ノンフィクション作家で、清水克行さんはきちっとした学問的背景を持つ学者で、『耳鼻削ぎの日本史』など一般向けの歴史ノンフィクションを書いている。

最初は高野秀行さんがその経験と自由な発想からおちゃらけた仮説を立て、それに清水克行さんが学問的裏付けや見解を示す「両者の役割がきっちり別れた」対談になるのかと思っていたのだけど、実際の対談では高野秀行さんの研究者的側面が表に出て、逆に清水克行さんからも面白くてわくわくするような仮説がぽんぽん飛び出てくる。結果的に、当初想定していたのとはだいぶ趣がことなるものの、想定していた以上に面白い対談に仕上がっている。

特に戦国時代のような命の危機が隣り合わせの時代では、男性を恋愛対象にした方が床についていても身もお互いに守りあえて(女の人だと守らなくちゃいけないし)合理的だったよね、などの小話的な話題が大変おもしろい。該当箇所はHONZでも無料公開されている。honz.jp

コミック

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一冊だけアメコミを読んでいた。

アイルランド人と日本人の間に生まれたハーフの女の子が、母親と暮らす為に日本へとやってくる。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車、自動販売機が当たり前に存在する奇妙な風景にいちいち驚きながらも生活をスタートさせたが、突然化け物に襲われ、なぜか自分が特殊な力を発現し、妖怪共が跳梁跋扈する世界で同じく特殊な能力を持つ仲間と共に戦うことを強いられることになる──アイルランド人が日本へやってきて妖怪大戦争に巻き込まれるという状況設定は特異だが、プロット自体はありがちな感じではある。

表紙からある程度察してもらえるだろうけど、色の使い方が美しく画面中に妖怪や謎の力を持った僧を描き入れてみせるなど絵の情報量が詰まっている。英語版しかないけれど、しごく簡単な単語がほとんどなので読めると思うけどなあ。ちなみに水木しげるさんへの言及もあるなど、妖怪リサーチはけっこうちゃんとやっている感じ。

これから読む本

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珍しくこれから読む本がけっこう積み重なってしまっている。『意識と脳』はHONZ用にいいかなあと思って買ってきたのだけど、最近ちょっと意識系の本は乱発されすぎてて食傷気味。そんなに新しい実験結果がぽんぽん出るわけじゃあないから乱造されたら似たり寄ったりになってきてしまう。本書はどうかなあ。

『エンジェルメイカー』は、ツイッタで猛烈にオススメしている人がいたので即購入。凄く分厚くて届いた時ちょっと焦った。というかこれ、よく見たら『世界が終わってしまったあとの世界で』(SF作品)の著者だし、帯に「ミステリとしてもSFとしても高く評価された」って書いてあるんだけど、SF度が高かったら嫌だなあ……(読むのが嫌なのではなく、僕がSFマガジンのSF書評欄から取りこぼしたことになるので……)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

エンジェルメイカー (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

さてさて、そんなところかな。いやあ、8月も面白い本がざくざくあった。こうして振り返ってみると夏だからということもあるのか、『双生児』『大日本帝国の興亡』『復讐者たち』などなど第二次世界大戦物が多いなあ。9月も面白い本にいっぱい出会えることでしょう。そいではまた、冬木月報としてはまた来月。