基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

辺境作家と歴史家の「ここではない何処か」を追求する読書会──『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』

辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦

辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦

『世界の辺境とハードボイルド室町時代』で自由に世界の辺境と中世日本にさまざまな共通点を見出してみせた高野秀行さんと清水克行さんだが、それが売れて加えて二人の仲も良すぎたので、こうやって第二弾も出た。これがまた、前作とは大きく異なる方向性ながらも前作と同様に”超時空比較文明論”になっており、二人がやたらと勉強熱心・知識・知見が旺盛なこともあって魅力的な読書会本に仕上がっている。

 歴史をひもとけば、地球を駆けまわれば、私たちの社会とは異なる価値観で動く社会がたくさんある。「今、生きている世界がすべてではない」「ここではない何処かへ」という前著のメッセージに共感してくれた読者の皆さんの期待を、本書も裏切らない内容であると思うし、前著を読んでいない方々にもきっと楽しんでもらえるのではないかと思う。私たちの読書会の三人目の参加者として、どうか新たな超時空比較文明論を楽しんでもらいたい。

第二弾とはいえ、続いているのは高野さんと清水さんが話をするという形式だけで、内容はうってかわって二人読書会である。各回、お互いに相手に読ませたい/相手の意見を聞きたいと思う一冊を提案しあい、それをじっくり読んで3時間ほど喋り倒していく。次の課題図書は、一つの対談が終わった後に飲み屋で決めたそうで(当然、その前に考えてある程度ピックアップしてくるわけだが)、前後で繋がりのある本が選ばれているのがおもしろい。具体的に取り上げられていくのは次の八冊だ。

『ゾミア―― 脱国家の世界史』、『世界史のなかの戦国日本』、『大旅行記』(分厚い上に全8巻!)、『将門記』、『ギケイキ』、『ピダハン―― 「言語本能」を超える文化と世界観』、『列島創世記』、『日本語スタンダードの歴史』。町田康『ギケイキ』だけテーマ的には連続しているものの小説で、あとはノンフィクション。僕が読んだことのある本から考えると(対談の内容を読んでも)一筋縄ではいかない本ばかりで(そもそも大旅行記なんか8巻もあるし)、課題本選書の時点で威圧感が凄い。

二人読書会の難しさ

一冊の本をテーマに”二人で”語り合うというのは、僕も何度かやったことがあるが、これがなかなか難しい。お互いが旧知の間柄で話題に事欠かない、バックボーンが共通している──といった要素があればいいが、そこまでではない相手だと純粋に本の内容からどれだけの知見を組み上げられたのか/発想を別の箇所へと飛躍・結合させられるかの勝負になる。必然、結合・飛躍させられる情報もなく、読みも浅いとなると「どうだった?」「おもしろかった」「どこがおもしろかった?」「えーと、こことか」「そこよかったね……」ぐらいで話が終わって残念な感じになってしまう。

その点二人はさすがに凄い。まず選書はお互いの専門・あるいは知見と関連付けられそうなものが多くその点で安定感がある。清水さんは日本中世史の研究者だからその点でのバックグラウンドは膨大、高野さんは大量の「世界の辺境を歩き回ってきた」知見、体験があるから、どんな情報を与えられても「それはそういえばね……」と実体験と紐付けてオモシロ・エピソードや発想の飛躍に繋がるエピソードが飛び出してくる。『ゾミア―― 脱国家の世界史』で語られていくような場所も、『大旅行記』で語られていくような場所も、高野さんは行ったことがあるからネタが尽きない。

また、二人は持ち前の知識だけでそれをやっているわけじゃなくて、毎回周辺書や関連書を何冊も読み込んできているからこそ。「この回ネタ切れじゃね?」感もなく最後まで「あ、そんなふうに繋がるんだ」と驚きながら読み通すことができるだろう。

あ、そんな風に繋がるんだ

たとえば、トップバッターである『ゾミア―― 脱国家の世界史』は、中国西南部から東南アジア大陸部を経て、インド北東部に広がる丘陵地帯「ゾミア」。その地域に暮らしている、「未開で遅れている人々」とこれまで捉えられてきた山地民は、実は他国家から自由を求めて避難してきた人々だったのではないか──という一冊。

もうその時点でだいぶ本がおもしろそうなんだけど、ゾミアの人々は国家の介入を避けるためにリーダーを作らず、文字を持たないのも逃亡した際にあえて捨てたんじゃないかと本では提起されており、そこから高野さんが「中国から東南アジアに移動してきたヤオという民族は、意味はわからずとも儀式のとき漢字を使う」のだと話題を繋げ、清水さんが「日本では中世を経て幕藩体制がシステマティックに出来上がっていたけど、それが可能だったのは人々の識字率が高かったから」と指摘される。それは確かに逃げてきた人たちにとっては文字を捨てたほうが良いかもしれないよなあ、と世界の辺境と日本史の多方面にわたって納得が深まっていくおもしろさがある。

個人的に一番おもしろかったのはイヴン・バットゥータ著『大旅行記』の回。これ、イスラム法学者イヴン・バットゥータが21歳でメッカ巡礼の旅に出て、30年かけて当時のイスラム世界のほぼ全域を練り歩いた(とはいえインドには8年もいたらしい)後に編纂された本なのだが、そもそも全8巻をお互い読んできただけで凄い笑 さすがに8巻もあるのでお互いの持っている話題もひときわ多く、ランナーズハイのようなものでテンションも高い。先日本書の著者二人に加え司会にHONZ編集長内藤順を加えたトークショーがあったのでノコノコ行ってきたのだけれども、やぱりこの『大旅行記』の話が大いに盛り上がっていた。なんでも、5巻が一番おもしろいそうだ。

たしかに5巻あたりのインドの話は本当におもしろくて(僕が読んだわけじゃなく、トークショーや本の中で語られている内容が)、当時のインドでは入国のとき「永住」が条件になるから、一度入ったら基本的に出られない(だから8年もいた)とか*1、当時の王様がド畜生で人に恵みを与えることを誰よりも好んで、血を流すことを最もお好みになっていて、と滅茶苦茶残虐な拷問をしていた話が出て来る。トークショーで嬉々として拷問の内容について語っていた清水さんが印象的であった。

おわりに

というわけでもうけっこう書いてしまったのでこんなところで終わりにしておくが、まだまだ『ピダハン』回とかおもしろい内容が山盛りなので、読んで確かめてみて欲しいところ。トークショーでは二人の読書スタイルの違いからはじまって、本書で取り上げられている8冊を順繰りに振り返っていく形式だったのだけれども、実際にこの本の”三人目の”参加者になったように感じられてとても楽しかった。

*1:日本も少子化問題解決のために入国の条件を「永住」にしたら解決じゃんと思ってしまった。