基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人類の理性と共感を信頼するピンカー『21世紀の啓蒙』から国家の自由を問う『自由の命運』などを紹介(本の雑誌2020年4月号掲載)

まえがき

本の雑誌2020年4月号に掲載された新刊めったくたガイドの僕が書いたノンフィクションガイドをここに転載します。この号は非常な大作揃い。

この本が日本で刊行された後に色々と騒動が持ち上がったスティーヴン・ピンカーの大作『21世紀の啓蒙』からはじまって、自由と国家のパワーバランスについて論じたダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソンの『自由の命運』。ジェームズ・C・スコットによる国家の成立過程の実際を解き明かす『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』も人類史スケールの本で、壮大なスケールの本が立ち並ぶ。

マックス・テグマーク『LIFE 3.0 人工知能時代に人間であるということ』も「宇宙の熱的死に、未来の人工知能や超知能はどうやって対応するだろうか?」や「銀河サイズのAIはどのように思考するか?」と遠い未来に起こり得る技術的な課題について検討してみせる壮大な一冊だ。

新刊めったくたガイド(ブログ用に書き換えてます)

まず紹介したいのは、『暴力の人類史』で、我々はその種としての生涯を通して、暴力が少なく、平和な時代を暮らしていることを明らかにしてみせた、ピンカーの最新作『21世紀の啓蒙 理性、科学、ヒューマニズム、進歩』だ。ピンカーは今作で、前作の論考を広範囲に拡大し、歴史的にみれば健康も、教育も、自由も、すべて進歩しているし、それは「人類の理性と共感」が可能にしたものだ、と主張する。そうした現代の啓蒙主義を推進するからこそ、『21世紀の啓蒙』なのだ。

世界はよくなっていると主張すると、いやそんなことはない。トランプが台頭し、差別主義者が増え、戦争が起こり対立が深まっている! と反論したくなる人もいるだろうが、本書では確かなデータを根拠とし、なぜそうした言質が間違っているのかを丁寧に説明していく。一八世紀後半から世界の平均寿命は二九歳から七一歳へとのび、人類史に絶えず付き従っていた壊滅的な飢饉も、世界からほぼ姿を消した。

環境に負荷をかける人口増加も二〇七〇年頃を境にゼロになるとみられており、そのあとは減少していく。人間は認知機構の仕組みからして、ネガティブな情報の方が記憶に残りやすいから、日々ニュースに触れる中で世界の状況が悪くなる一方だと感じるのも仕方がない側面がある。だが、本書でピンカーは、人間はそうした本能を理性と共感によって乗り越えることができるのだ、と指し示してみせる。

続けて紹介したいのは、人間社会が歴史的過程においてどのように自由を獲得してきたのかについてのノンフィクション、ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソンによる『自由の命運 国家、社会、そして狭い回廊』だ。本書の主張は明快。自由には国家が必要だが、それで十分というわけではない。中国では一九五〇年代末から六〇年代前半にかけて未曾有の飢饉が発生したが、これは国の不在の結果ではなく、国と権力の暴走によるものだ。自由が生み出されるためには、そうした国家の暴走を止めるための一般の人々の活動、社会の力が必要で、国家と社会、その両者の力のバランスがとれたわずかな回廊にだけ自由が生まれ得るのだと、本書は八〇〇ページの膨大な文章量と計量的な歴史の実証研究を通して解き明かしてみせる。またまた人類スケールの本になるが、ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』もすごい本だ! 人類は狩猟採集生活から始まり、農耕を発明したことで定住生活へと移行し国家が生まれたとする、「進歩の結果としての定住生活、そしてそこからの国家の形成」を思い浮かべる人が多いだろうが、それは間違いだと豊富な歴史研究をもとに実証していく一冊である。

たとえば、定住は実は動植物の家畜化・作物化よりも早かったし、初期文明とされる農耕−牧畜文明の連合体が発生する四千年前には、家畜化や作物化は行われていた。つまりまず定住があり、国家のようなものが成立するはるか前から家畜化や作物化があり、国家が成立しない期間が人類史においては長かったのだ。というのも、国家が成立したての頃は伝染病が蔓延し、奴隷化などの手段を駆使しなければ人口を維持できず、ずっと狩猟採集生活のほうがマシな状態が続いていたのだ。では、なぜそんな過酷な状況で人類は国家の形成を諦めなかった。その理由の解明も含めて、人類と国家へのそれまでのイメージが大きく変わるであろう快著である。

ハウ・トゥー:バカバカしくて役に立たない暮らしの科学

ハウ・トゥー:バカバカしくて役に立たない暮らしの科学

元NASAのロボット技術者にして現インターネット漫画家のランドール・マンローによる『ハウ・トゥー バカバカしくて役に立たない暮らしの科学』は、科学を愛するすべての人にオススメしたい一冊だ。ものすごく高くジャンプするには? といった問いかけから始まって、棒高跳びで人間が飛べる限界高度への物理学的な考察、飛行機のような形状をしたスーツを着て風が山を超えて流れているような場所へいけば──と元の質問をスケールアップさせながら転がしていき、最後は壮大な疑問へとたどり着いてみせる。問いかけは荒唐無稽なものばかりで、直接的には役には立たない。が、ここで行われている発想の広げ方、そこからどう考察を深めればいいのかという科学的な思考の展開の仕方は、誰にとっても役に立つものだ。『デジタルで読む脳×紙の本で読む脳 「深い読み」ができるバイリテラシー脳を育てる』は文字を読む時に脳内で何が起こっているのかを問うた『プルーストとイカ 読書は脳をどのように変えるのか?』のメアリアン・ウルフ最新作。今度のテーマは「デジタル読書は脳をどう変えるのか」だ。現代人は一日に約三四ギガバイトもの情報に接しているが、その大半は細切れの情報でありそれでは深く読む能力は身につかない。デジタルデバイスで文章を読む時、細部の情報と記憶の順序付けが悪化することを示す研究もあり、我々の読む能力がこれからどのように変質していくのか。深く読む能力が失われたら、社会に何が起こり得るのかを、鋭く問いかけていく。マックス・テグマーク『LIFE 3.0 人工知能時代に人間であるということ』は、人間を超えるAIが出現した時や、超知能が出現して数億年経った時に何が起こり得るのかを、AIの安全性研究を行う著者が考察した一冊になる。たとえば、未来文明が一〇〇万個の銀河に入植できたとしても、宇宙は膨張しており数百億年もすると互いに連絡不可能な領域に分断される。超知能文明はそれを防ぐため、安定した軌道を保つ恒星系に別の恒星を近づけることで不安定化させ、恒星を(任意の場所に)弾き飛ばすような宇宙エンジニアリングを行うかもしれないなど、現時点の物理学から仮説を導き出し、未来の知能がもたらす世界を想像してみせる。SF的におもしろい。
本の雑誌448号2020年10月号

本の雑誌448号2020年10月号

  • 発売日: 2020/09/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
本の雑誌最新号は数日前に出た2020年10月号! こっちでも僕はノンフィクションガイドで『ブルシットジョブ』や山本貴光『マルジナリアでつかまえて』、川端康雄『ジョージ・オーウェル――「人間らしさ」への讃歌』など6冊紹介してるので要チェック