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二つの世界を認識できる能力者──『パラレルワールド』

パラレルワールド

パラレルワールド

小林泰三最新刊は、少しずつ異なる形で分裂した二つの並行世界(パラレルワールド)を認識できるようになった少年と殺し屋の物語。特殊な能力を持った人間同士の戦闘物という点では最近の小林泰三作品だと『記憶破断者』の系譜の一冊といえる。

人類が同時に記憶障害に陥る『失われた過去と未来の犯罪』などよくそんな設定を思いついたな&よくその設定からはじめてまとめたよなと感嘆するしかない小林泰三作品だが、今回もパラレルワールドというありがちな題材をヘンテコな設定/ドラマでまとめあげており、どうしてこうなったのかよくわからんがとにかくおもしろい。

ヒーロー

主人公のヒロ君は五歳の少年だが、ある時大規模な地震と大雨による洪水が重なってしまい両親のうちどちらか片方を喪ってしまう。「どちらか片方」とは、その喪失のタイミングで世界が二つに分裂し、世界Aでは父親が死んで母親が生きており、世界Bでは父親が生きて母親が死んでいる、といった状況になってしまったのだ。

とはいえそうした状態をほとんどの人は認識出来ておらず、目下のところヒロ君のみが二つの世界に実体と連続した意識を持っている。そのため、父親からすれば自分の奥さんは死んでいて、その逆もまた然りだが、ヒロ君を介在させれば夫婦は伝言ゲームのようにコミュニケーションをとることができる。そんな荒唐無稽な話が最初は信じられることはなく、精神的なショックを受けたヒロ君の防衛本能のようなものだろうと捉えられているわけだが、(両親それぞれの)二人しか持ちえない情報の交換などを経て真実味が増してくると今度は「愛し合っているにも関わらず、絶対にその姿を見ることも触れることもできない悲愛の物語」としての側面が浮かび上がってくる。

そして、世界を隔てていても、二人は共に息子を育てていくのだ。

怪人

さて、そのまま人情噺で行くのかな、と思いきや物語は第二部になって急速反転。大災害によって二つの世界を認識できるのはヒロ君だけではなく、もう一人いたのだ。そちらはれっきとした大人で、しかも善良な存在ではなかったために、二つのよく似ているが少し異なる世界を認識できることを利用して金儲けをはじめることになる。

第一部はこの能力を持っているのが五歳の少年であるがために検証はほとんどなされないが、こちらでは積極的に何ができて何ができないのかの確認を繰り返すことで悪用の道を広げていく。両世界を認識しているものはどちらの世界にも存在しており、物体などを移動させることはできないのだが、唯一情報だけは(頭の中に入っているので)移動できる。そして、なぜかこの状態が続くうちに一方の世界の時間が遅れはじめたおかげで、事実上遅れたほうの世界では”未来予知”ができるようになった。

活用方法は多いが、能力者の男はそれを”事故を装って目的の人間を殺す”ことに利用しはじめる。彼にほんものの予知能力があるなんて、誰にもわかりゃあしないのだから完全犯罪にしかなりようがない。一人の少年を除けば、の話ではあるが──。

おわりに

当然ながら話の流れとして、ヒロ君(とその両親)はその能力を用いて殺人を行っている男の存在に気づいてしまうのだが、二つの世界を跨った情報戦、”なぜ片方の世界の時間が遅れていってしまうのか?”というもっともな謎の解決、そこから雪崩込んでいく少年ら一家vs怪人の頭脳戦と後半もてんこ盛りだ。これ、『失われた過去と未来の犯罪』のように、全人類が同時に二つの世界を生きるようになったら──とか設定を拡大してもおもしろそうだなあ。