- 作者: 小林泰三,YKBX
- 出版社/メーカー: 一迅社
- 発売日: 2017/06/30
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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世界観を紹介
ゾンビと一言でいってもいろいろなバリエーションがあるので、世界観含め軽く紹介していこう。まず本書のゾンビは、死者が生き返るタイプのもので、噛みつかれた上で"死亡する"と同じくゾンビになる。近年は動きの早いゾンビも多いが、本書のゾンビは思考せず、ふらふらゆっくりと動く古き良きハリウッド型のゾンビだ。
他、食糧は摂取できず自らの脂肪や筋肉をエネルギー源として利用するため活動期間は数ヶ月など真っ当な設定が幾つもあるが、特徴的なのはその感染の性質から、"噛まれなくとも病原体に感染していた場合、死亡した時に発症する"、感染者が出た地域の人間はだいたい感染済みになってしまっていること。また、感染しただけでは発症せず、免疫機能が低下したり実際に死んだ時のみに発症するため、多くの人は感染しながらもゾンビ化せず普通に暮らしていることなどの設定がある。
世界各国で、様々な防疫処置が行われたが、元々生命体ではないゾンビウイルスを非活性化させることは難しく、瞬く間に全世界に広がっていった。生きている人間が感染しても多くの場合、無症状で直ちに致命的な結果に繋がらないことがさらに感染の拡大を促進させた。発症が確認されてわずか二年後には地球上のすべての地域で感染者が確認され、その三年後には非感染者はこの世界に存在しないという発表が行われた。
そのため、ゾンビと共存というわけではないが、ゾンビが生活の中に組み入れられている風景が人類社会に現れている。たとえば、ゾンビ病原体は哺乳類全般に感染するから牛などもゾンビ化するのだが、そのせいで食肉が足りなくなり、ゾンビ化することで腐敗しないゾンビ肉を追い求めてゾンビ狩りをする人間たちが続出する。深刻な肉不足から人以外のゾンビ肉だけでは足りなくなり、人肉を食糧としていいかどうかの政治的議論が巻き起こり──と、まあとにかく人類はそれなりにゾンビと仲良くやっている(というと語弊があるが)世界なわけだ。
今度はあらすじとか
さて、そんな世界で事件が発生する。舞台となるのはアルティメットメディカル社の新技術発表会の会場だ。ゾンビ化プロセスの逆転手法を研究していた研究員が、鍵のかかった部屋の中で殺されていた──正確には、発表時間になっても出てこないので入り口をこじあけたら、中から発表者のゾンビが飛び出してきたのだ。
ゾンビが飛び出してくること自体はこの世界では不思議ではないが、その場合は密室で殺害されたことになってしまう。いったい誰が彼を殺したのだろうか──。被害者がゾンビになっているところを除けばきわめて王道的な密室ミステリだが、そこはそれ、ゾンビ×ミステリだからこその謎解きが展開することになる。
個人的にこのゾンビ×ミステリでうまいな〜〜と思ったのは、ゾンビ化の現象が科学的に分析されているために、発展的な技術や事象がロジカルに提示可能なところだ。たとえば作中では「身体の一部の臓器の免疫機能が低下したり、死ぬことで一臓器だけがゾンビ化する」といった事象も発見されており、そうしたゾンビに対する科学的な考察の数々が綺麗に事件に寄与していくので、SFミステリとしても一級品といえる内容に仕上がっている。解決篇では爽快な気分を味あわせてもらった
個人的に、小林泰三作品といえばネジが外れまくっているような登場人物たちとそのズレたやりとりも醍醐味なのだが、本書では探偵役である瑠璃が、その破天荒な言動と、冷静さを欠いたようにみえる行動によってまるで探偵らしくなく現場を引っ掻き回していくのが愉しい。調査/推理の合間合間に瑠璃の過去が語られていくパートが挟まれるのだが、これが瑠璃と姉である沙羅の不可思議なやりとりに終始しており、だんだんと瑠璃の異常性の真実に近づいていく構成もまた見事だ。
おわりに
あまりにも小林泰三イズムにあふれる作品で大変オススメです。しかし最近の小林泰三作品は『失われた過去と未来の犯罪』を筆頭に、『記憶破断者』もヤベーやつだし、どの作品もキレッキレすぎて怖くなるぐらいだ。まだ小林泰三作品を読んだことない、という人でも、本書はゾンビという要素も探偵要素もキャッチーでわかりやすいので、最初の一冊にいいかも(他の作品もみんな読みやすくておもしろいけど)。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp