基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

SFファン交流会向けに作った冬木糸一の文学リスト

先週の土曜日、SFファン交流会で文学について牧さんと西崎さんと語る機会がありまして、事前に質問に答えて作ってきたリストが下記になります。特に縛りはありませんでしたが、いちおうSFファン交流会ということでどれもSFっぽい要素のある作品を選んだ感じ。そのため、僕のオールタイム・ベスト文学というわけではない。

会では、三人それぞれまったく作品がかぶることもなく、好みがはっきり出ていておもしろかった。以下、簡単に紹介でも。

特に話題にしたい、名作という作品を10作品。

われらが歌う時 上

われらが歌う時 上

リチャード・パワーズの中でも最も好きな作品。三代にまたがる家族の物語。ユダヤ人、黒人女性の夫婦がまだまだ人種差別の激しい1930年代に結婚し、目の前に訪れる困難を一歩一歩乗り越えていく。二人を、家族を結びつけていくのは音楽だった──。家族という輪の中に自然と音楽が立ち上がってくるその情景が、たまらなく愛おしい。僕にとっての「最良の文学」の形がここには現れているように思うのだ。
わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

SF☓文学といえばこれかなという感じ。ただ、SF設定が重要かといえば特にそういうわけでもなく、僕にとってはただただ一篇の詩のように美しい小説だ。今でもこの小説のことを思うと、作中の情景と合わせて、どうしようもない切なさや喪失感のようなものが蘇ってくる。そうした言葉にしてしまえば一言の、しかしそれを表現しようとすれば一冊以上の本を費やさなければならない──そんな抽象的な感覚が生き生きと蘇ってくるものが、僕にとっての「最良の文学」の一つの形である。
双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)

双生児(上) (ハヤカワ文庫FT)

双子の兄弟が体験していく歴史が、いつのまにか少しずつズレていく──。序盤から後半へ向けて複雑な、しかし読み味を損ねない構成。細部まで読み込んでいくと数々の仕掛けが物語中に仕掛けられているその徹底さ。歴史改変という基軸を、各世代にまたがる家族、兄弟の物語、そして歴史の物語とさまざまなレベルまで敷衍させ、ラストへ向けて鮮やかに収束させていく。著者自身が「”完成”された小説にいちばん近づいた」と語るほど高いレベルで構築された作品で、まあ面白いよね。
シッダールタ (新潮文庫)

シッダールタ (新潮文庫)

悟りってセンス・オブ・ワンダーだよな、と思って入れた本。ヘッセの中でも一番好き。ラスト、シッダールタは石を石として、動物は動物として愛することができるようになったという。なぜなら石は石でありながら仏陀であり、他のすべてでもあるからだ。その認識自体をどう思うかは別として、「世界の見え方がガラッと変わる」ことがセンス・オブ・ワンダーだと思っているので、これはSF(無茶を言うな)。
ストーナー

ストーナー

1891年に生まれたウィリアム・ストーナーという男性が文学に出会い、一生を終えるまでの本である。清廉潔白な偉人ではなく、誰かに強い印象を残すわけでもなければ、何か物凄いことを成し遂げる人物でもない。妥協と諦念が満ちた人生。しかし、そんな彼にも文学へと熱烈に恋をした時期があって、その後の人生でも幾ばくかの達成を得る──”ささやかな英雄の物語”として、この本は常に僕の横にいる。
黄金時代

黄金時代

これはなんとなく入れたのだけれども個人的にはかなり好きな作品。とある大西洋の不思議な島へ行った人物による旅行記なのだけれども、その島では住民たちは固定化した名前を嫌い、自分の名前をしばしば変え、生涯のあいだに何十もの名前を持つ。当然そんな状態じゃ選挙も難しく、統治制度も名前と同じくふわふわと漂うように決定・改変しつづけていく。「今まさに変化しつつある世界」を描写し続けていくようなもので、「運動」をどう記述するのかというトリックを必要とするのだが、それがまた凄いやり方で達成していて──と「語り」それ自体がSF的でもある。
別荘 (ロス・クラシコス)

別荘 (ロス・クラシコス)

ドノソだと『夜のみだらな鳥』でもいいのだけれどもなんとなく『別荘』。家族だけで30人以上、使用人も合わせると50人近い大所帯で別荘に行った人々の物語なのだけれども、親はだいたい狂っているし、狂った親のせいなのか何なのか子どもたちは極端な鬱屈・憎しみ・抑圧を抱えた状態にいて、親がいなくなった瞬間にすべてが爆発して暴れまわりはじめる──。というと単純な話に思えるが、まるで現実とは思えないことが平然と起こり、世界の情景は幻想的で、時間の流れは伸びたり縮んだりし、まるで一枚の絵を眺めているかのようにいろいろなことが一気に起こる。
ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

怪奇幻想文学としては入れないわけにはいかない作品ではなかろうか。おそろしく解像度の高い宇宙的存在への描写、ラヴクラフトの屈折したパーソナリティに支えられた、世界を覆い尽くすような憎悪によって描かれた作品世界。
虚数 (文学の冒険シリーズ)

虚数 (文学の冒険シリーズ)

  • 作者: スタニスワフレム,Stanislaw Lem,長谷見一雄,西成彦,沼野充義
  • 出版社/メーカー: 国書刊行会
  • 発売日: 1998/02/01
  • メディア: 単行本
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レムはなんでもいいから一冊入れておこうと思ったのであった。架空の書物の序文を集めた作品で、まあ凄い。
告白 (中公文庫)

告白 (中公文庫)

鬱屈し鬱屈し鬱屈し、最後に大爆発を起こしてしまう。すべてを破壊し尽くし、走り回らずにはいられない”衝動”のような、人に伝えるのが困難な感情を、これほどまでに見事に文章へと移し替えることができるのかと心の底から驚かされた小説だ。

今世紀に出版された、作品から5作品。

ウラジミール・ソローキン《氷三部作(『氷』『ブロの道』『23000』)》

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

ブロの道: 氷三部作1 (氷三部作 1)

”衝動”の文章への移し替えという点で、告白に勝るとも劣らないのがこの氷三部作、特に真ん中の『ブロの道』だ。押し寄せる歓喜、言葉にならない一体感といったものが、そこまで難しい言葉を使わずになぜか”理解させられてしまう”ド傑作。

エドワード・ケアリー《アイアマンガー》三部作

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

堆塵館 (アイアマンガー三部作1) (アイアマンガー三部作 1)

これも衝動系の作品といえるのだろうけれども、どうしてもこればっかりは短く紹介できないので過去に書いた記事をはっつけておく。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
ブラックライダー(上) (新潮文庫)

ブラックライダー(上) (新潮文庫)

いわゆる終末SF。圧倒的な終末のヴィジョン、致死率100パーセントの奇病の蔓延、人が人の肉を喰らい、人と牛(食用に遺伝子改造された人間のこと)のあいの子とかいう奇天烈な存在が当たり前のようにいて物語を駆動していく疾走感が凄まじい。どっからどう見てもSFなのだが、未来の聖書のようなものでもあり、文学かと。
オブジェクタム

オブジェクタム

これも要するに、「言葉では表現できない何か」を小説という形で表現できてしまった傑作なので。
1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

1Q84 BOOK3〈10月‐12月〉前編 (新潮文庫)

僕はだいたい村上春樹作品は大好きだけれども、その中でも『1Q84』が一番好きだ。好きなポイントはいろいろあるが、結局は牛河が好きで、牛河が想像の範囲外から強襲されて死んでいく、あっけない人生の幕切れが何よりも好きなのだ。

おわりに

僕が文学に(限った話じゃないけど)求めている一つの要素は、言葉にできない感情や抽象的な観念を生き生きとした言葉に移し替えてくれるものなのだけれども、そうであるがゆえに僕が好きな作品はどれもおもしろさを言語化するのが難しいものばかりだ。僕がこうしてレビュー記事を書いても書いても飽きないのは、結局自分の中でそうした素晴らしい本たちのおもしろさをまだまだ言語化できていない、まださらに言語化できる余地があると知っているからなのだろう。