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犬の世界を知る一冊──『犬であるとはどういうことか―その鼻が教える匂いの世界』

犬であるとはどういうことか―その鼻が教える匂いの世界

犬であるとはどういうことか―その鼻が教える匂いの世界

犬を飼っており、散歩させている人たちは重々承知の助だと思うが、とにかく犬というのは外を散歩させているとよく匂いを嗅ぐ。まるで人間が物を見るようにして匂いを嗅ぐ。当たり前のことなのでこちらもそんなことに驚いたりはしないが、改めて考えてみると少し不思議ではある。あんなに一生懸命嗅いで、犬はいったいどのような情報を得ているのか。その感じ方は何なのか。犬であるとはどういうことか。

本書はそのようなテーマを追うノンフィクションである。脳科学的な分析あり、匂いそれ自体、犬がそこからどのような情報を得ているのかといった化学的な分析あり、同時に糞やトリュフ、麻薬、がん、人探しなど様々な「匂い検知犬」の実態について明らかにする一冊だ。『この本でわたしは、犬の鼻が何を知っているのかを探ろうと思う。今まで一度も取り上げられなかったテーマだ。犬があなたの体に鼻を寄せ、地面や他の犬の毛の中に深く鼻を突っ込むとき、いったい何を嗅いでいるのか?』

僕自身、犬を長年飼っているにも関わらず本書を読んでいて「犬が嗅いでいる世界」というものにまるで無頓着だったなと実感させられると同時に、「犬が体験している世界」の一端を知ることができたように思う。犬について疑問に思っていたいくつかのことについて、本書を読んでいったんの答えが与えられたりもした。

ざっくり紹介する

たとえば犬同士が道端で出会った時、大抵はおしりの匂いを嗅ぎに走る。そこでは皮膚腺が肛門をとりまいて匂いを分泌しており、強い匂いを出す肛門嚢がある。犬は肛門嚢のキツイ匂いを嗅ぐことで、犬が雌なのか雄なのか、交配する用意があるのか、年齢はいくつなのか、食べたばかりなのかどうなのかといった情報を得るのだ。年齢は代謝を伴い、代謝は化学現象であり、”化学現象は匂いを伴う”から、犬は匂いからありとあらゆる情報を解釈することができる。『犬の匂いは自分自身を、自分のステータスを、そしてたぶん、怖がっているか、幸せか、不安かも知らせるのだ。』

個人的に驚いたのが、「犬が主人の帰宅時間を知っているようにみえるのはなぜなのか」問題への答え。時々犬はなぜか飼い主が帰る前から帰ってくるタイミングを”知っている”ように振る舞うことがある。おそらく自分のお腹が減るタイミングとか、日の落ち具合とかで判断しているのだろうと思っていたのだが、著者の仮説&検証によると、犬は部屋の中に残っている飼い主の匂いの減り具合によって、パターン化された飼い主の帰宅時間を割り出しているようなのだ。その証拠に、いつも帰りを知っているように振る舞う犬の飼い主が、家を出ていった後、その匂いを家の中に振りまくことで、飼い主が帰ってきた時にぐっすりいびきをかかせることに成功している。

あともう一個意外だったのが、犬が他の犬と出会った時ぶんぶん尻尾をふるのは、単純にそれが”嬉しいから”だと思っていたのだが、どうやらそれだけではないようなのだ。先にもいったように肛門嚢は凄く匂うわけだけれども、尻尾は肛門嚢の近くにあるので、ぶんぶんふることで匂いを周囲に拡散させることができるようなのだ。『その犬は他の犬たちに向かって、自分がどう感じているかを知らせているばかりではない。自分がだれなのかを匂いで知らせているのだ。』全然知らなかった!

検知犬

検知犬たちの活躍の実態を描くのも本書の読みどころのひとつだ。検知犬というとぱっと思いつくのは麻薬を探す犬とか、人が消えた時などに導入される犬たちの姿だが、本書を読むとそれ以外にもいろんな検知犬がいることがわかる。たとえば、ある時犬たちは飼い主の身体の一部位に異常な関心を寄せたが、それが実は悪性腫瘍だった、というケースがいくつも報告されている。つまり、犬はがんを探知することもできる(こともある)のだ。メラノーマのような悪性腫瘍は異常なたんぱく質が合成されるので、独特な匂いを発するらしい。標準的ながん検査は時間もかかれば費用もかかるので、犬で検査できるならそれは奇妙な光景だろうが、いいことには違いない。

ペンシルベニア大学のワーキングドッグセンターでは、犬たちにがん細胞の匂いを覚えさせ、警告させる訓練を繰り返している。よく訓練された犬は、与えられた匂いががんかどうかを85%以上の精度で判定できるらしい。病気系の検知犬の中には、糖尿病の探知犬もいる。彼らは、血糖値が50〜70mg/dlの範囲の人の唾液の匂いを覚え、血糖値がしきい値を超えて下がった場合警告をするように訓練されている。検知犬というのは”匂いで探す”ための仕事をしていると思いこんでいたが、このようなアラート的な仕事もあるというのは盲点をつかれたようで大変に関心させられた。

おわりに

犬の話だけかと思いきや、実は人間が匂いを嗅ぐ話についてもページが割かれている。人間は犬の足元にも及ばない──のは確かだが、いろいろな匂いを嗅ぎ分けることができるようだ。普段、我々はその力を十分に活用していないだけなのである。

たとえば、草地にチョコレートの匂いがつけられた10メートルの麻糸2本が、角度をつけて並べられた状態で落とされる。その後、被験者たちは不透明のゴーグルと耳あて、手袋、肘当て・膝当パッドを装備し、麻糸によってつくられた20メートルの道から3メートル程離れた場所から「見つけてこい!」と言われるわけだが、グループの3分の2、21人の被験者は10分以内に匂いをたどってみつけられたという。

しかも、そのあともこの仕事を継続することに同意した被験者の何人かは(いったい何が彼らにそんなことをさせるのか理解できないが)何度も練習を重ねるうちに、どんどん匂いを嗅ぎつける速度が早くなり、最後には二倍の速度で麻糸で出来た道の端に到達できるようになっていた。それは犬以下の能力ではあるが、匂いを嗅ぎ取るぞ! と強い決意を持って地面を這いつくばって移動すれば、意外と人間もやれるのである。それは、人間も犬の世界の一端を知ることはできるということなのだろう。

犬好きにオススメの一冊なのはもちろんだが、人間の、とりわけ「嗅ぐ」という能力に興味がある人にはオススメしておきたいところ。