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この世に存在する思考のすべてが記録された図書館──『叡智の図書館と十の謎』

叡智の図書館と十の謎 (中公文庫)

叡智の図書館と十の謎 (中公文庫)

『叡智の図書館と十の謎』は多崎礼さんが中央公論新社の『小説BOC』に連載していた一〇の短篇小説をまとめたものになる。いやー、これは本当におもしろかった! 一篇一篇が上質な童話でありファンタジィであり現代物であり妖狐ものでありそしてSFでもあり、同時に全部読み終えるとひとつの巨大な構築物が立ち上がってくる傑作で、そら、大好きですわな。というわけで、もう少し具体的に紹介しよう。

構成とか

「叡智の図書館」と「十の謎」というように、時間にも空間にも支配されないという万智の殿堂、無限に等しい書架を持つ「叡智の図書館」を探す旅人と、そこを守り訪れた相手に対して謎掛けをする守り人の物語である。問いかけに対する回答は一度きり、逃亡すれば頭を落とされ、答えなければ首が削がれ、答えを間違えれば心臓を貫くというハードコア謎かけだ。で、そうした門番的な謎掛けといえば大抵異常に抽象度の高いなぞなぞみたいなものと決まっているが、本書もそのご多分にもれない。

たとえば第一問は『終わりなき夜に生まれし者。光を知らず、色を知らない。しかしながら世界を見たい。知識を得たいと欲するのは何故か』というものだが、抽象的すぎて何ポエム語っとんねん以外の返答は僕には難しい。だが、この図書館に挑む旅人は手に持っていてお喋りな謎の石版に語りかけ、石版は『Searching(検索中……)』とかいって、問いかけに対する答えとしての物語を語り始めるのである。一〇の短篇は、その冒頭の門番と旅人の対話と謎掛け、そこから始まる、石版がはじき出した「答え」としての物語、という形式で進行していくことになる。

ざっくり紹介する。

序盤の雰囲気はとってもファンタジィ、あるいは童話といった感じだ。門番は彫像だとかいうし、Searching……といいながら検索を始めるのはなにか違和感があるけど石版だというし、それは語られる物語も変わらない。第一問の舞台となっているのはどこかの世界の、女王と王が支配している国家で、そこで暮らす人々の役職も《戦士》だとか、《労働者》だとか、ざっくりとしたもの。物語としては、そこで《戦士》として日々戦って暮らすネイトと、彼女に森で助けられ、すっかり惚れてしまったが今は女王のパートーナー、つまりは王となっている青年ロウとの悲恋譚である。

で、そうやって語られていった物語を読んでいくうちに、最終的にそこから一つの教訓的な(一つに解釈が絞れない時もあるが)、英単語(Aliveとか)を導き出し、それが答えとして提出されるのである。第二問は中世的な雰囲気の時代を舞台にした現実的な法廷劇で、貿易商人の使用人を短刀で指したとして、無実の罪に問われた少年が黙秘を貫いており、なぜ身の潔白を証明しないのか──が物語の焦点となる。一問、二問と、最初の方こそ「はぁ〜ん、なかなかよく出来た童話/ファンタジィだなあ」と思いながら読んでいるわけだが、読み進めるたびにだんだん様相が異なってくる。

たとえば第二問は無限の叡智を活かすもの、知識の活用に不可欠なもの、正道を行く指針となるもの、それは何かと問いかけられる。第三問は前の話を受けて、守人が自然と疑問に湧いたとばかりに、「悲しくもないのに、人はなぜ泣くのか」と問いかける。問いかけから物語が生み出され、最初はただの無機質な彫像だった存在が、肉体を得て乙女であると描写されるようになり、問いかけを繰り返すことで次第に感情までも獲得する。第四問では「私はお前が気に入らない。それはなぜだ?」と、最初は無機質な応答を繰り返すだけだった彫像が、喧嘩をできるまでになっている。

そうした「問いかけ」パートの情報量が増すのと同調するかのように、最初は寓話かファンタジィか歴史譚に揃っていた物語が、どんどんその幅を増していくことになる。たとえば、(我々のいる)現代に近い時代を舞台にした、映画スターになっていく女性とその女性に取り残され故郷で彼女を待ち続ける夫の「絆」の物語であったり、日本が舞台となっていて妖狐を殺すことを生業とする吉備家と、彼らと何百年にもわたり戯れる妖狐の宿怨譚、幻視や未来予知など、公に出来ない遺物や事象を調査解析する遺伝情報解析会社の物語、人類滅亡を目的とし、自己増殖を繰り返す《機械》と死闘を繰り返す、自律思考式汎用型戦闘兵器がたまたま発見したネコと戯れる日々を描くミリタリィSFもの──と妖狐奇譚からSFまで多様な物語が揃っている。

おわりに

そうして次第に守人と旅人という、ひどく抽象的で寓話的だった両者の存在も、より情報が開示され、解像度が上がっていくことでSF的なものへと移り変わっていくことになる。バベルの図書館のSF的解釈ともいったらあれだが、最後まで読むと「ああ! そういうことだったの!?」と華麗な収束とそれまでの短篇全てを内包した巨大な構造物が立ち上がってくるので、ジャンルがどうとかあまり気にせずに、ただひたすらにページをめくって楽しんでもらいたいところである。最初こそちょっと味気なさを感じるかもしれないが、読めば読むほどおもしろくなっていくのだ。