- 作者: 冲方丁,寺田克也
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/03/20
- メディア: 文庫
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マルドゥック・アノニマスってなに? って方は下記の記事を読んでもらえれば。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
マルドゥック・アノニマスの話
アノニマスの1〜3巻はおおむね、〈クインテット〉という新興勢力とそのボスであり貧民層も富裕層も一様にしてしまう"均一化(イコライズ)"という独特の思想を持ってこの都市に迫る正義とも悪ともつかないキャラクタであるハンター、その男がこの都市に着実に巣食っていく様子を描き出していくお話といっても良いだろう。
ウフコックらイースターズ・オフィスはそれを座してみているわけではなく、抵抗して思考して行動していたわけだけれども、どれほど入念な手を打ったとしても、ハンターの思考力と行動力はそれを上回っていた。急激な勢いで成長し、ハンターの「共感」を強化する能力によって繋がって、さらには法的な「合法化」を目指しているという、メタ的には「主人公になろうとしている」としか言いようがない敵──そんな厄介な、何らかの概念のような体現者にはたしてどう勝てばいいのだろうか?
そんな疑問ばかりが募っていく1〜3巻だったわけだが、3巻の終わりで示された答えは単純明快なものだった。敵が成長し、共感によって繋がり、合法化を目指すのであれば──それを打ち倒す存在は、それ以上の速度で成長し、それ以上の共感によって繋がって、「悪」としての行為をしない方向での、圧倒的な「善」を目指すものであればいいと。敵よりも早く成長するのならば、負ける道理はない。その単純明快な論理の帰結と、決してこの世界に戻ってこないでほしいという思いとそれでもなお戻ってきてほしいという相反する感情がぶつかった状態で、あまりにもストレートに、何のためらいもなく彼女が戻ってきてくれたから、やはり3巻は傑作なのだった。
だがもちろん、バロットにはちゃんとわかっていた。
相手と対峙する。相手がしたことを真っ向からやり返す。相手と同じものを手に入れる。相手と同じ状態になる。相手と拮抗し、やがて上回り、そして勝利する。
もしハンターが目の前にいたら、バロットはこう果敢に告げていただろう。
これが、私の均一化だと。
で、そこにきてこの4巻である。フェニックスとなった彼女がその力を十全に発揮する胸躍る戦闘パートと交互に、彼女がどのような経路で、理屈で、その場にたどり着いたのかが語られていく。その過程は、これまでほとんど超人的に、概念の体現者のように語られてきたハンターの過去を掘り返し、「いったい、こいつはなんなんだ」という神秘を解きほぐしていくものである。ホラーがだいたい恐怖の源の姿が描写されたり解き明かされると怖くなくなってしまうように、ここにきて完全にハンターという男が持っていた神秘性が剥ぎ取られていき、怪物は人間へと変貌を遂げる巻であるといえる。それはひとつの喪失ではあるが、同時にこのシリーズにとっては新たな局面へと至る工程でもあり、具体的にはこれまでずっとその関与が示されながらもあまり表に出てくることはなかった〈シザーズ〉との接続でもあるのであった。
正直、この物語がどこにたどり着くのか(そして、一体全体何巻になるのか)、見当もつかないのだけれどもとにかくそれが最高な場所であることは間違いないと、そう確信させてくれる巻でもあった。
マルドゥック・デーモンズ(上・下)
- 作者: 皆本形介,冲方丁
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2019/03/20
- メディア: コミック
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物語の舞台となっているのは当然ながらマルドゥック・シティ、そして主人公はそのまんま、ウフコックと組んでオフィスの仕事をこなしているバロットだ。無実の殺人罪で、入ったものは決して出られないというギミックバリバリの《悪魔の卵》と呼ばれている刑務所にいれられてしまった、一流の詐欺師である女性を脱獄させるために潜入したバロット&ウフコックだが──というあらすじ。まず舞台が限定されていることで必要以上にお話が拡散せず、少数の原作登場人物と多数のオリジナルキャラクターを交錯させられる舞台設定がうまい。また、主軸を担う、バロットが助けに向かう詐欺師の女性が憑依的に他者の言動や行動を真似ることができるが、それゆえに──という悩みや葛藤が、ある種「公認二次創作」としてはじまった本作の葛藤と重ね合わされていくように読めるのも、テーマ的におもしろいところである。
難攻不落の監獄らしく、看守の歩き方を覚えて異常を検知するトラップなどなど、バロットの電子制御だけでは脱獄困難な仕組みがいくつも仕掛けられていて、脱獄者として秀逸で、アクションに重点を置くだけではなく、未知のエンハンサーの能力を戦いの中で予測・把握していく流れなどは、HUNTERXHUNTERみのある能力バトル漫画として仕上がっているのも素晴らしい。まあ、とにかくいいのは上下ですぱっと話がまとまっていることだ。もっと長くして能力者たちの集団戦とかもこの作風でみてみたかったところもあるけれど、それはさすがに望み過ぎというものか。