おうむの夢と操り人形 (年刊日本SF傑作選) (創元SF文庫)
- 作者: 大森望,日下三蔵
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2019/08/29
- メディア: 文庫
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一年に一冊ずつで、計12冊12年。傑作選というが、選者らがいうように純粋に傑作を集めたと言うか、長さすぎないかとか、同時期に短編集が出ているとか、読者層がかぶっているなどの兼ね合い、同じ収録媒体から取りすぎない(3つも4つもはとらない)などの制約があり、中には「これが傑作短編SF?」と首をかしげるものもあるかもしれない(傑作ではないというよりかは、SF度の高低において)。とはいえ、むしろそのおかげで日本の短編に、これほどまでに多様な作品が揃っているのか、とその時代ごとの様相を見事に切りとる内容に(今年だけでなく毎年)なっている。
僕も毎年この傑作選を買い、半分以上は読書会を開催してきて、年末年始のようにあってあたりまえのものだと思っていたばかりに今回の終了はショックといえばショックだ。ま、永遠に続くものはありませんからね。大森さんと日下さん、東京創元社の方々には、本当にありがとうございましたとお伝えしたい。というわけで今年も漫画2編、小説17編の極上の作品が揃っているので、ざっと紹介してみよう。
ざっと紹介する──宮部みゆき、日高トモキチ
トップバッターは最近初のSF短編集『さよならの儀式』を刊行したばかりの宮部みゆき「わたしとワタシ」。結婚生活が早々に破綻し、子もいないまま45歳になったわたしの元へ、女子高生だった頃のワタシがタイムスリップしてきて──そのまま和やかにいけばいいが、女子高生のワタシはわたしに対しておばさんだとか、独身であることにたいして売れ残りだとかいって平然とひどい言葉をぶつけてくる。
かつての自分の価値観と、いまの自分の価値観は違う。幸せも、なにをダサいと思うのかも。自分だったら今の自分に対してついなにを言うだろうか……と考えてしまう、穏やかに進行する一編だ。続いて紹介したいのは日高トモキチ「レオノーラの卵」。お互いを属性名(工場長の甥とか)で呼び合う街で、時代が離れた二人の女性、レオノーラ/エレンディラが産んだ卵が男か女かを当てようとする四人/四人のろくでなしの物語。二択は四人じゃだめじゃん、と思うんだけどそれが実は──と過去と未来が交錯し、鮮烈なオチへと繋がっていく。いやうまいねえ!
ざっと紹介する──柴田勝家、藤井太洋、西崎憲、水見稜
伝奇SF『ヒト夜の永い夢』で新たな境地を切り開いた柴田勝家「検疫官」は、物語が国に流入するのを防ぐ検疫官を主人公とした一編。物語を流入することを防ぐことなんてできるの? と疑問に思うが、超絶難しく、至るところで物語が生まれ、生まれずとも人は見出し、と物語検疫官にとっては悪夢のような状況を描き出していく。
表題作でもある藤井太洋「おうむの夢と操り人形」は、ペッパー君モチーフの人型ロボットに、話しかけてきた人の言葉からキイワードを抜き出して問い返すだけのおうむ返しの人工無能を乗せ、人型ロボットの役割を再定義していくうちに人の役目はどこまで「おうむ返し」で置換可能か──といったヴィジョンまでがみえてくる。
西崎憲「東京の鈴木」には本書収録作中もっともオチ、というかそのラストにぐっと惹きつけられた。ドイツ的なるものとはいったいなんなのか、と思索を続ける語り手が、日本で起こった「トウキョウ ノ スズキ」を名乗る何者かによる人の理解を超えた現象を追っていく。「は〜ん、雰囲気のある、曖昧模糊としたいい話だったなあ」と思いながら最後の数行でわけがわからないまま、しかしなぜだかひどく納得してしまう流れで世界の様相がガラリと変わってしまう一編で、端的にいって大好き。
今回最大の収穫(存在を知らなかった)のは水見稜「アルモニカ」。動物磁気の提唱者フランツ・アントン・メスマーを中心人物とし、(動物磁気と組み合わせ)人体に作用し様々な病を直すとされる特殊な楽器アルモニカがもたらす顛末を描き出す音楽SFで、スケール(人体を通して地球、宇宙へと広がっていく)感がたまらない。
ざっと紹介する──長谷敏司、飛浩隆
飛浩隆「「方霊船」始末」は、長編『零號琴』のスピンオフ短編にして長大なラストダンジョン前の前哨戦のような一編。物語が持つ無尽蔵なパワーを、ある種の仮託された日本SF史と共に描き出す『零號琴』の雰囲気が完全にこの一編に凝縮されているのでまだ未読の方はぜひともここから『零號琴』へと流れ込んでほしい。
続く長谷敏司「1カップの世界」は人工知能SF『BEATLESS』の前日譚。それ読んでないからいいや、と思うなかれ。細胞変性疾患におかされ、冷凍睡眠に入り70年以上の時を経た2104年に解凍された超絶金持ちエリカ・バロウズという主人公然とした少女を中心とし、コンパクトに人間を遥かに超える超高度AIが40体近く存在する『BEATLESS』世界の様相を描き出していく。同時に、この解凍された時代に一切の愛すべきものがなく、自分がどうしても気に入らないものが、どうしようもなく巨大で正しいと受け入れられている世界に対して、一人の少女が底しれぬ悪意を抱くまでの単品の物語として、傑作と言わざるを得ない。
第十回創元SF短編賞受賞作、アマサワトキオ「サンギータ」
ざっと紹介してきたが、最後に毎年恒例の創元SF短編賞受賞作を紹介しよう。アマサワトキオ「サンギータ」は時代を2037年、舞台をネパールの首都カトマンズにおき、実在する女神(仏教徒の少女が血を流すまで=初潮を迎えるまでその役目を果たす)であるクマリと、腕っぷしでその護衛役に選ばれたシッダルタ・カミの物語。
女神とは言え現実的な世界観で、特別な力を持っているわけではなく単なる象徴なわけだが、それゆえに初潮がきたら役目を終え、権力者によって慰み者にされてしまうのが目に見えている。だが、美しく、賢く成長したクマリはそれを受け入れず、自身の本来の聖性を取り戻すための戦いを開始する。具体的には、女神に課せられた、仏の姿を表す32個の外見的特徴を数え上げた『仏三十二相』の流れを組む身体的条件を満たせばいいというのだが、これが獅子のような頬とか、牛のように長く整った睫毛とか、なかなか難易度が高い。で、それを成し遂げるためにどうするのか──といったところで近未来設定が機能し、バイオハック技術が活かされることになる。
筋としては人間の女神が科学技術で神性を取り戻すための戦いというシンプルなものだけれども、とにかくネパールの街の、人々の装飾やらやりとりなどの文化面の書き込みが密で、同時にこの東洋の文化観と西洋の文化感を統合した独特な文体が力強く、最初から最後まで「これは凄い!」と圧倒させられる。序盤から中盤までその密度を維持し、終盤には成し遂げられた後の圧倒的な祝祭感を、加速したリズムと密度で語っていくので、いいもん読んだなあ! という満足感がきちんと残るのだ。
サンギータ-Sogen SF Short Story Prize Edition- 創元SF短編賞受賞作
- 作者: アマサワトキオ
- 出版社/メーカー: 東京創元社
- 発売日: 2019/08/29
- メディア: Kindle版
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おわりに
他にも坂永雄一による奇想的な熊SF「大熊座」、漢字の転倒から自然に横溝正史へと繋がりあれよあれよと話が組み上がっていく円城塔「幻字」と、紹介しきれなかった作品も多いがそれはぜひ読んで確かめてもらえれば。現代日本SFの見取り図であるということは、ここから各作家の作品や同傾向の作品に飛ぶことも可能なので、これからもっとたくさんSFを読んでみたい! という人にもオススメの一品である。