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なぜ人類は国家を作り、発展させられたのか?──『反穀物の人類史──国家誕生のディープヒストリー』

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

反穀物の人類史――国家誕生のディープヒストリー

我々人類の大半は今は家畜を飼い、農耕を行い、足りない分を輸入することで定住生活を営んでいる。一般的に、そうやって定住して生活をすることは文明的であることの証である。なぜなら我々人類は、狩猟採集生活から、動植物の家畜化・作物化が発生し、そこから固定した畑での農業、定住に繋がったと思われているからだ。

だが、定住は動植物の家畜化・作物化よりもずっと早かったし、初期文明とされる農耕-牧畜文明の連合体が発生する4千年前には、飼いならしによる家畜化や作物化はすべて行われていたのである。つまり、人間は農耕の技術を得てから即、国家を作り始めたわけではない。その後長い年月をかけてようやく国家らしきものが成立しはじめたのである。国家を作り上げることで人間は安定した生活を手に入れたというイメージもあるが、これも違う。初期の国家は伝染病に悩まされ、奴隷化などさまざまな形態の束縛によって人口を維持しなければすぐに崩壊してしまうほど脆弱であった。

また、たいていの場合、国家の外での暮らし=野蛮人としての暮らしのほうが、少なくとも文明内部の非エリートと比べれば物質的に安楽で、健康的であったことを示す強い証拠があり、「国家形成の初期段階の実像」は我々が一般的にイメージするものとは大きく異なっている──。というわけで、本書『反穀物の人類史』は、『ゾミア』で名をはせたジェームズ・C・スコットによる、そうした国家の誕生のまつわるあれやこれやを解き明かしていく歴史書である。これが、めっぽうおもしろい!

ゾミア―― 脱国家の世界史

ゾミア―― 脱国家の世界史

初期の国家は感染症に悩まされ、気候変動にも弱く、非定住民からの定期的な襲撃に悩まされ、と全面的に脆弱だったのだが、ではどうして人間は定住・国家形成を諦めなかったのか。また、初期国家の農業生態系はどのようなものであったのか。次々と人が離れていく初期国家において、どのように人口を管理したのか。初期国家は何度も崩壊したというが、「崩壊」とはそもそもどのような状態のことを指すのか。

本書はそうした数々の疑問を、実証をベースに検討・検証していくことになる。様々な問いかけがなされていく本書であるから、まずはその一部分を紹介してみよう。

なぜ農耕、定住が成立したのか?

たとえば、なぜわざわざ苦労を背負ってまで農業をしなければならなかったのか? 『固定された畑で農業や牧畜を営めば、そのための苦役は急激に増大するとわかっているのに、なぜ狩猟採集民はそんな選択をしたのだろう。集団でこめかみにピストルを突きつけられたのでない限り、とても正気の沙汰とは思えない。』

これについてはまだ満足のいく説明がされていないと語っていて、いくつかの説があるが、農業自体の発達の理由については、人口圧が高まったから、という結論が出ている。人数が増え、移動が難しくなり、大型の猟獣は数を減らしてしまった。だから狩猟採集の日常を続けることが難しく、自然と農業への移行が進んだと見られている。つまり、「農耕を発明し移行した」のではなく、それ以前からずっと耕作や家畜化自体は存在していたが、何千年も経ってからやむにやまれずに移行したのである。

人間が定住するようになると、そこでは必然的に感染症が巻き起こる。農耕の技術も発展していないから容易く食料環境も崩壊し、たびたび崩壊していたし、初期の農民は同時代の周辺で暮らしていた狩猟採集民と比べても身長が5センチも低く、相当栄養状態が悪かったことがうかがえる。では、どうしてそんな農耕生活が生き残れたのか、ましてや、それが最終的に主流となって発展していくことになったのか。

これについて著者は『わたしは、端的な答えは定住それ自体にあると考えている。』と述べている。ようは、定住を選んだ農民は総じて不健康であり、幼児と母親の死亡率も高かったが、『定住農民は前例がないほど繁殖率が高く、死亡率の高さを補って余りあるほどだったのだ。』たしかに、定住地を持たずに定期的に移動することを考えた場合、子供をそうたくさんは産めない。逆に定住農民にはそうした制約はないほか、子供は産んで生き残らせることができれば農作業の労働力としても使える。

農耕社会とその脆弱さによる病気の負担を考えると、狩猟採集民に対する農民の人口統計的な「アドバンテージ」はごく小さいものだったかもしれない。しかし、この文脈で考えるべきは5000年という期間だ。これだけの期間があれば、まるで複利計算の「奇跡」のように、最後にはとてつもなく大きな違いが生まれる。

この見解にはなるほどと納得させられた。

穀物だけが課税の基礎となりうる

個人的に一番感銘を受けたのは、古代の最初の主要農業国家(メソポタミア、エジプト、インダス川流域、黄河)の生産基盤がどれも驚くほど似通っているのはなぜなのか、という問いかけだ。初期国家はすべて穀物国家なのである。当時すでにレンズマメやエンドウマメなどの豆類、中国ではタロイモなどが作物化されているにも関わらず、なぜこうしたものは国家形成の基盤とならなかったのか。これらは土地単位で得られるカロリーはコムギやオオムギよりも多く労働力が少なくすむものもあるのに。

著者の見解は、次のようなものになる『穀物と国家がつながる鍵は、穀物だけが課税の基礎となりうることにある。すなわち目視、分割、査定、貯蔵、運搬、そして「分配」ができるということだ。』徴税者が一回の遠征で一度に刈り取れるように、穀物が地上で育ち、ほぼ同時に熟すことも重要なのだ。地上で熟していれば徴税人はひと目で判読、査定することができる。じゃがいもは地中に隠すことができるから、掘り返さねばわからない。なるほどそれはたしかにそうだ。栄養と手軽さだけ考えたら絶対じゃがいもの方がいいじゃんと疑問だったのだ。

おわりに

他にも、国家国家というけどそもそも「国家」の定義はどうすんの? という話であったり、古代国家が「崩壊」したと歴史書ではたびたびいわれるけど、その「崩壊」ってどういう状態なの? 国家外にいるひとを野蛮人というけど、実際には数千年にわたって定住的な生活様式と非定住的な生活様式を人間は行き来し、その境目も実際には明確にわかれていたわけではなかった件についてなど、「国家が誕生していく際の、より複雑で込み入ったストーリー」が展開していくことになる。

どの章も非常に読み応えがあり、たいへんおもしろかった! お値段は高いけど、ま、買える人は読んでみてちょ。