基本読書

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「錬金術」というファンタジィ設定ががっつりロジックと絡み合い、高いレベルで両立しているファンタジィ✕ミステリィ──『錬金術師の密室』

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

錬金術師の密室 (ハヤカワ文庫JA)

  • 作者:紺野 天龍
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 2020/02/20
  • メディア: Kindle版
この『錬金術師の密室』は『ゼロの戦術師』で電撃文庫からデビューした紺野天龍の早川書房からの刊行作。『ゼロの〜』や次作『エンドレス・リセット』(両方ファンタジィ)は読んでおらずこれが初読みの著者だったので、特に期待するわけでもしないでもなくとフラットな状態で読み始めたのだけれども、これが大変におもしろい!

ファンタジック能力の錬金術が存在する世界をしっかり作り上げ、それがロジックにがっつり組み合わさった鮮やかな謎解き部分だけでなく、世界観の面でも魅せてくれる作品で、いい人を早川に引っ張ってきたねえ! と感心してしまった。

世界観とか

舞台となっているのは架空の世界。この世界には錬金術と呼ばれる、卑金属を貴金属に変え、魂を自在に操り、不老不死を実現し、無から有を生み出すような物理法則を無視した数々の奇跡を生み出す神秘が存在するが、当然その行使には様々な制約がかかっている。たとえば、この錬金術を行使できるのは世界中で同時に7名しかいないという。錬金術師が一人死ぬと、別のどこかで新たな錬金術師が生まれるのだ。

この力は2000年前に《神の子》ヘルメス・トリスメギストスによって授けられたとされているが、その時同時に神の領域にいたるための7つの段階が示されている。人類が神域へと至るためには、この7段を一つずつクリアしていかなければならない、すでに、卑金属を貴金属に変換する《第六神秘・元素変換》は実現されている(これで錬金術師と認められる)。また、続く《第五神秘・エーテル物質化》はエネルギィ企業であるメルクリウス・カンパニィの顧問錬金術師によって達成されている。

問題はその先だ。続く第四神秘は《魂の解明》で、まだ誰も至ったことがないとされていたが、あるとき同じくメルクリウス・カンパニィの顧問錬金術師が《エーテルの物質化》に続いてこの魂の解明を実現したという報が入る。世界で七名の錬金術師のうちの一人テレサ・パラケルススは、その魂の解明お披露目式典になぜか呼ばれ、青年軍人であるエミリアは(補佐役兼テレサの内偵役として)そこでタッグを組まされ、赴くことになるがそこで密室殺人事件が──というのが本作の導入部分にあたる。

エーテルの物質化によって生成されたエネルギー源によって、化石燃料以上の効率を誇り、水上蒸気都市トリスメギストス(本作の舞台。我々の世界では錬金術師の祖として著名な人物の名)が実現。超越的な力を持つ錬金術師は実質的な核のような扱いになって大国間の戦争を抑圧しているなど、こうした圧倒的な力を持った「錬金術師」がいるからこその世界情勢、世界観がまず個人的な好きポイントである。

続いて、《魂の解明》などのファンタジィ設定が具体的に何ができて何ができないのかと細かく定義されていくのも魅力の一つ。たとえば、魂の解明には3つの段階があるとされる。まず、何が魂なのかを決める《魂の定義》。2段階目は魂を移したり、変形させたりする《魂の操作》。これができると、人物Aの魂を人物Bに移したりが可能になる。最後に、《魂の錬成》がある。これは無から魂を生み出すことだ。メルクリウスの顧問錬金術師はまさにこの魂の錬成を実現したといい、実際にエミリアらが赴いて話を聞くと、魂を錬成された美しいホムンクルスが一体存在している。

推理パート

だが──実際にその技術をお披露目する、記念の式典の前日に、メルクリウスの顧問錬金術師が殺害されてしまう。胸には黄金の超大剣が突き刺さっており、その部屋には黄金が存在していたが大剣の形はしていなかったことから、明らかに錬金術師かもしくは変成術士(卑金属を貴金属に変換できるのが錬金術だが、変成術はそこまでのことはできずただ形をかえることしかできない)の仕業である。さらに、その部屋には三重の警備システムがはられており、幹部2名以上の承認もしくは室内の錬金術師本人の承認が必要である──つまり、一見したところ完全な密室であるわけだ。

そもそもなぜ錬金術師は殺されねばならなかったのか。また、それも式典の前日という目立つ日に。錬金術師と共にいたホムンクルスも無残に殺されていたが、ホムンクルスの生死とはどう決定されるのか。密室状況下からどのように犯人は抜け出したのか、なぜ錬金術師もしくは変成術師に限定される殺し方をわざわざしたのか──そうしたいくつもの疑問に《魂の解明》の要素およびこの時点で判明している錬金術で出来ることの要素がガッツリ絡み合ってきて、さらにはまだみぬ神秘の力も──。

おわりに

そうした錬金術世界のおもしろさと謎解きのおもしろさが非常に高いレベルで両立している作品なのだ。この世界だからこそのロジックが明かされる解決篇は、鮮やか極まりない。あとがきによると日本の作家では西澤保彦、森博嗣、久住四季、京極夏彦、城平京、海外ではクリスティーやクイーンに耽溺してきた青春が語られているので、そうした点でも「わかるわぁ〜!!」(作風的にも、趣味的にも)という感じ。

神域に至るために神秘の解明を錬金術師たちがしのぎをけずって争っている点はFate的でもあるし、琴線にふれた人はてにとってもらいたい。これで綺麗に話は落ちているが、話は続刊前提の作りでもあるので、売れて続いてほしいなあ。相反する実態を持ったエミリアとテレサのコンビ感も素晴らしいのだ。