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格差から経済の長期停滞まで、現代経済の様相の原因を無形資産で説明する──『無形資産が経済を支配する: 資本のない資本主義の正体』

無形資産が経済を支配する: 資本のない資本主義の正体

無形資産が経済を支配する: 資本のない資本主義の正体

無形資産とは、文字通り「無形」、つまり形がない資産のことである。ゲームやwebサイトに代表されるようなソフトウェアは無形資産の最たるものだが、たとえば店舗のある販売型ビジネス(スターバックスとか)でも、販売の効率化、仕組み化、教育などを行っている場合、それらも(本書においては)無形資産のうちに数えられる。

本書は、そうした無形資産が経済を支配するほどに大きな存在になってきた現代の解説の書である。とはいえ、無形資産代表格であるソフトウェアが40年伸びているわけで、今さらそれが経済を支配するとか言われても当たり前じゃね?? と疑問を抱えながら読み始めていたのだけれども、いやはやこれがどうしておもしろい。無形資産を明確に定義し、その性質をあげて「有形主体の経済とどのようなふるまいの違いをみせるのか」を導き出していて、おおそうなんだ! と納得してしまった。

また、「なぜ現代社会ではこれほどまでに経済格差・自尊心格差が広がっているのか?」「いくら金利を下げても投資が活発化せず、長期停滞を招いているのはなぜなのか?」など、いくつもの現代の経済様相を無形投資の増大から(すべてではなく、一部が)説明ができるのではないかと数値を細かくあげながら試みていく。この説明を通すと現代経済の見通しが、たしかにぐっとよくなるのだ。

無形投資って増えているの?

本書の第一部では「無形投資や資産って増えているの?」という基本的なところをおさえていく。無形投資はソフトウェア、研究開発、鉱物探索、娯楽・芸術の創造、デザイン・設計、市場リサーチや研修、教育などがあたる。これについては正直、今やあらゆる小売店がインターネットと繋がっていて裏側で巨大なデータベースでの商品管理などが行われている現状、実感レベルでも増えていることはわかるだろう。

アメリカの有形投資と無形投資の産出額に占める比率の推移をみると、1993年頃を境にして無形投資が有形投資を上回りつづけている他、イギリスも1999年頃を境に無形投資が上回っている。こうした各種グラフをみていくことで、一部の先進国で無形投資が有形投資を上回っていること。有形投資の方が上回っている国においても、有形投資は着実に減りつつあり、逆に無形投資は増え続けていることがわかる。

無形資産の4つのS

といったところで基盤を固めて、無形資産の4つの特徴をみていくことになる。これは、「言われんでもわかるわ」みたいなところもあるが、あらためてその特徴をあげてそれがもたらす帰結を考えると、なかなかおもしろく感じられるだろう。

特徴とはたとえば、スターバックスが適切な従業員マニュアルを一回作れば、あとはそれを中国語などに翻訳する僅かなコストで世界中で使うことができる、「スケーラビリティ」。TwitterやFacebookや各種ゲームもそうだ。次に、「サンク性」。家などの有形資産であれば比較的転売が容易であるのにたいして、まったくヒットしなかったソーシャルゲームを終了しようとした時、それは通常、買い手がつかないか買い叩かれる。スタバのマニュアルなども、スタバ独自のものになっていて、別のコーヒーチェーンでは通常利用できない。つまり、無形資産は簡単には売却できない。

3つめがアイデアが派生していく「スピルオーバー」だ。これは他の企業が他人の無形投資を活用するのが比較的容易であることである。有形資産は鍵などをかけることで盗むのが難しいが、アップルがiPhoneが出たらすぐにAndroidが出てきたり、ヒットしたゲームがでると、すぐにそのコピーゲームが出回るように、アイデアは容易く盗むことができる。最後はシナジーだ。軍事情報技術が電子レンジを生み出したように、時に無形投資は予想もつかないほうこうとシナジーをして価値を生み出す。それは生物学的進化のようなもので、どのように転ぶかの予測が非常に困難である。

この4つの特徴から、また別の特徴が派生する。一つは不確実性で、無形資産がもたらすシナジーが予測できないのに加え、スピルオーバーによって競合が出てきた時にどのような収益があがるのか予測できず、失敗した時に売却が難しいのでリスクが大きいからだ。また、スピルオーバーによる競合を防ぐため無形資産企業は知的財産法で守ろうとするが、それではシナジーが生まれにくくなるというジレンマがある。

長期停滞と格差について

こうした無形資産の特徴が、現代の経済で要因のわかっていない問題を説明してくれるのが続いておもしろいところだ。たとえば、現代ではイギリス、アメリカなどで低金利なのに低投資状態で、それにも関わらずアメリカその他の企業利潤は過去数十年で最高の水準な状況が続いている。また、収益性の面でトップ企業とそれ以外によって大きな差が開いているなどの状況があるが、そのうちのいくらかは、無形資産の増大と関連して説明することが出来る。

たとえば、投資が少なすぎるようにみえるのは、無形投資が完全には計測されていないからだ。無形資産はスケーラブルなので先進企業は追随企業を引き離してしまえる(から企業間格差が広まる)。さらにはスピルオーバーやシナジーの利益を享受できるのも潤沢に資産があり、不確実性や回収不可能性を許容できる先進企業なので、先進企業と後塵企業の差を拡大し、後塵企業の投資インセンティブを下げるなど。

それらを関連した格差についての話も興味深い。無形投資の多い世界では、不確実性が高まるから、企業は才能ある従業員を雇うことでその不確実性を乗り越えようとする。ただし、人間は根本的帰属性の誤謬と呼ばれる、何が良い結果があった時にそれは何らかの要因のおかげ(CEOの技能)であって、ツキや偶然ではないと思ってしまうので、因果関係がないままに一部の人間の給料が青天丼であがっていく。

また、格差は所得だけでなく富の問題でもあることを知らしめたピケティの『21世紀の資本』への批判で、アメリカの最富裕層の富の増大は、彼らが元から持っていた所有物件価値上昇からきているだけだというものがあるが、実はこれも無形資産の特徴である「スピルオーバー」と「シナジー」を最大化させるために企業および従業員が都市に一極集中して土地や家の価値が上がり続けているからなど、無数の側面から格差と無形資産の増大を絡めつつ論じていくことになる。

おわりに

不確実性の高い無形投資をどのように活発化させていくべきなのか。公共政策の役割について、有形資産から無形資産へと移り変わっていく中で、インフラはどのような変化を迫られるかなど、本書の後半ではここで紹介した内容に対する「では、どうしたらいいのか」が語られていくので、ぜひ読んでもらいたい。現代の経済の様相がかなりの部分把握できる良書である。