基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

「スゴ本」を読みたいのであればまずこれを読めと手渡せる、スゴ本の人のスゴ本──『わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる』

スゴ本の人のスゴ本が出た。日本の書評ブログ最大手である「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」の書き手Dainさんの初の著書である。Dainというれっきとした名前があるが、やはりスゴ本の人はスゴ本の人だろう。それぐらいブログ名と書き手の存在、その姿勢がブログ名と密接に結びついている。だから、当然書名もそのまんま「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」だ。

僕は実はDainさんとの付き合いも長く、はてなの企画で一度対談させてもらったりしたこともあってありがたいことに献本でいただいたのだけど、家に届けられた直後にいてもたってもいられずに読み始め、最後まで読み切ってしまった。どのページにもその思想、読書術が詰め込まれていて、これまで氏によって語られてきた考えが全投入されている。まさに濃縮還元スゴ本といった感じで、最高におもしろかった。

正直、読書術の本などというものは世間にありふれているのであって、そこにどう独自性を出していくのかというのは(読書術を書こうと思う)書き手としては最初の悩みどころとなるだろう。だが、本作の場合その特性は書名にまず現れている。そして何よりも重要なのは、この書名の背景には、膨大なスゴ本ブログというログの山が鎮座していることであって、凡百の読書術本とは説得力が違う。世に読書術本数あれど、「スゴ本」を読みたいのであればまずこれを読めと手渡せる一冊になっている。

「スゴ本」とは何なのか

まず重要なところから紹介していくと、「スゴ本」とは何なのかについて。「はじめに」では次のように語られている。

自分を変える凄い本は、たしかにある。読前と読後で、自分が一変してしまうような衝撃や視座をもたらすようなやつ。価値観や生活観だけでなく、ともすると人生そのものにインパクトを与える、見慣れた世界をひっくり返したり、世界の解像度が上がるような「目」を手に入れるという喜びをもたらす。読み始めたら最後、徹夜を覚悟しなければならないような、「夢中本」とも「徹夜本」とも呼ばれる一冊だ。
 そんな運命の一冊となる凄い本のことを、「スゴ本」と呼ぶ。そして、(ここ重要)そんな運命の一冊は、じつは何冊もある。

では、そのような運命の一冊と出会うためにはどうしたらいいのか? 手当り次第に読むというのはその一手段ではあるだろうが、時間も集中力も金銭も有限であるうえに、本は出すぎていてとても無理だ。では、どうしたらいいのか──といったところで、本書がお出ししてくる解答は、すべての本はすでに誰かに読まれているのだから、まだ見ぬスゴ本を読んでいるはずの「あなた」を探そうということである。

人は一人ひとり好みも傾向もバラバラだから、人によって薦める本は異なっている。人生を変えた一冊が一致するほうが珍しい。異なる人生経験からは異なる読みと経験が生まれるものだ。そうした「あなた」を探し、対話をすることで、お互いの差異をあぶりだし、一冊の本をより深く味わい、さらに次の本へと繋げていく。そうした運動にたいしてつけられた名称が「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」であり、スゴ本の人は10年以上に渡ってそれを実践し続けている。

ブログにアウトプットし続けて人と繋がり、「スゴ本オフ」といってスゴ本を紹介し続ける定期オフ会を開催し(実は僕はその第一回に参加して、そこではじめてスゴ本の人と会った)、「グループ・ブック・ハンティング」など様々な形のオフイベントを開催、その輪は現在も大きくなり続けていて、名が体を表すような人である。

どうやって出会うのか

で、重要なのはスゴ本は「あなた」が知っているにしてもどうやってその「あなた」に出会うんだ、というところなのだけれども、それが一冊をかけて紹介されていくことになる。先に書いたオフイベントの数々もそのひとつだし、書店の歩き方、感性がフィットする人の探し方、ネットの歩き方、雑誌の読み方などなど──。

そうした中で、本書の特徴を一つあげるなら「図書館」に大きく一章を割いているところだろう。通常、こうした読書術本では本にたいして「身銭をきれ、身銭をきらねば身につかないものだ」と書いてあることが多い。実際、そうした側面はあるだろうし、自分自身が本を出しているのに「本は買わなくていい」という人間もなかなかいないだろう。だが、スゴ本の人は圧倒的な「本はまず図書館で借りろ」派である。

身銭を切ることの利点を認めながらも、同時に身銭を切ることを前提とすることで、本の選択が保守的になってしまう可能性を指摘する。たしかに、近年は本も高くなってきて、2000円とか3000円する本を買う時に「本当にこれはおもしろいのか??」と疑問が湧いてくると身動きがとれなくなる時もある。リスクはおかしたくないから、安牌を選びがちになる。『こうして、自分の中に閉じこもる、心を狭くする読書となる。この傾向、いわゆる「ジャンル読み」に徹する文筆家によく見られる。』

おお、なかなか幅広い文筆家に対して喧嘩をうっているなと感心してしまうのだが、まだまだそんなものじゃなく後半からもばんばん喧嘩をうっているのでおもしろい。「買っただけで満足した本の山」に埋もれて自己満足に浸っていないか?」など、グサグサ刺さる人もいるのではないだろうか。

読み方、書き方

最初に「スゴ本」を読みたいのであればまずこれを読めと手渡せる一冊になっていると書いたが、その理由は「読み方、書き方」を教える章にも隠されている。というのも、この二つの章では『本を読む本』や『遅読のすすめ』などの読書術系の本を無数にあげながら、その内容を紹介し、さらに「『本を読む本』に致命的に足りないもの」といって、批評を加えることでスゴ本版にアップデートをかけていくのだ。

たとえば、読み方の章では『遠読──「世界文学システム」への挑戦』、『ナボコフのドン・キホーテ講義』、『読んでいない本について堂々と語る方法』、『小説のストラテジー』、『批評理論入門』、『小説の技巧』、『半歩遅れの読書術』などなど、10冊以上の本を時に絶賛、時に批判的に取り上げていく。つまり、これ一冊で読書術&書き方の「本」でどのようなことが書かれているのか、その傾向をある程度網羅的に把握することができる。細部には立ち入らないが、どこに何があるのか、どのような考え方がありえるのかといった「全体的なマップ」が手に入るのである。

おわりに

そうやって見取り図を手に入れたら、そのあとに自分にあった・合いそうな本の方に手を伸ばしていけば良い。本書は、それ以外の本にも大量の本からの引用、言及でなりたっていて、スゴ本ブログの歴史が一冊の中に編み込まれているかのようだ。

そしてそうやって知っていった本を、今度は「あなた」がまた別のだれかに(スゴ本の人でもいい)伝えていく、本書はそうした「運動」の中に「あなた」を取り込んでしまう一冊でもある。そう考えると「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」とは、人と人を繋げ続ける呪文のようなものでもあるのだろう。よくもまあ、こんないい名前をおもいついたものである。*1
dain.cocolog-nifty.com

*1:それと比べるとこのブログの名称である「基本読書」は「基本的に読書のことを書くだろうから基本読書でええか」と3秒ぐらいで考えて決めたもので深い意味もなにもなく、あんまりぱっとしないので虚しくなってくるが、個人的には意外と気に入っていたりする。