基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

今年ベスト級ノンフィクション『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』やアメリカの民間刑務所の実態を描き出す『アメリカン・プリズン』を紹介!(本の雑誌2020年7月号掲載)

まえがき

本の雑誌2020年7月号掲載の原稿を転載します。記事名にも入れているけど、『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』は大作ひしめく今年のノンフィクションの中でも上位に食い込む一冊だった。人生というのはリスクに満ち溢れていて、我々にできるのはできるかぎりリスクを減らし、時にリスク覚悟で突っ込んでいくことだけだ。

もう一つ、地味におもしろかったのがアメリカの民間刑務所のひどすぎる実態を潜入調査した『アメリカン・プリズン』。囚人一人あたり何ドルともらえる金がきまっているので、民間刑務所としては囚人一人あたりに金をかけなければかけないほど儲かるというインセンティブが生まれて、異常ともいえる仕打ちが横行しているんだよね。ほんと、読んでてびっくりした本だった。この月はスゴ本の人のスゴ本も紹介!

原稿

今年ベスト級のノンフィクションが出た! マイケル・ブラストランド、 デイヴィッド・シュピーゲルハルター『もうダメかも──死ぬ確率の統計学』(松井信彦訳/みすず書房)だ。我々の多くは、死の危険を意識せずに生きているが、不老不死ではないのだから、死ぬ時は死ぬ。でも、どんな時に、どれぐらいの確率で死ぬのだろう?

本書では、どこにでもいる普通の人の平均的な一日における死亡率「一〇〇万分の一」をマイクロモートという単位にして、人生に訪れる各種イベントが何マイクロモートなのかを導出し、「死ぬ確率の見える化」をしてくれる。たとえば、緊急性のない手術を行う際、全身麻酔が原因で死ぬ確率はイギリスではおよそ一〇万分の一で、一〇MMにあたる。他にこれと同じリスクを示すのは、スカイダイビングだ。人生の中で最もリスキィな期間は生まれてからの一年で、なんと年四三〇〇MMにもなる。

人生はリスクと隣り合わせだが、どこまでのリスクを許容するのかは個々人の判断にゆだねられている。リスクを極限まで低減するもよし、許容するのもよし。たとえば、リスクをとらなければ絶対にバンジージャンプやパラグライダーなんてできないだろう。本書を読んで、「どこまで攻めるか」と自分と相談してみるのも悪くない。

日本の個人書評ブログとしてはおそらく最も有名な「わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる」の著者Dainによる処女作がそのまま『わたしが知らないスゴ本は、 きっとあなたが読んでいる』(技術評論社)として刊行! 書き下ろしで、選び方から読み方まで様々な読書術が開陳されていく本なのだが、本書の背景には膨大なスゴ本ブログという山が鎮座していて、凡百の読書術本とは説得力が違う。

価値観を一変させるような本を「スゴ本」と定義し、それと出会うためにはどうしたら良いのか。本の読み方、書き方について、何百冊もの本を取り上げながら時に批判的にまとめ、自身独自の見解をつけくわえてみせる。自分自身が本を出しているにも関わらず、たくさんの本に出会うために「本は買う前に図書館で借りろ」といったり、図書館の活用について一章を割いているのも特徴。「スゴ本」に出会いたければまずこれを読め、と太鼓判を押せる一冊だ。

続けて紹介したいのは、万里の長城、ベルリンの壁、トランプの壁など、世界的に有名な壁がどのような理由で建設されたのか、その歴史を語るイアン・ヴォルナー『壁の世界史 万里の長城からトランプの壁まで』(山田文訳/中央公論新社)だ。紀元前八〇〇〇年頃に存在した、最古の城壁であるイェリコの壁は、実は戦争のためではなく偉大な風景を作り上げ人を感動させて招き寄せるためのものだったなど、壁が持つ様々な機能について教えてくれる。現代では軍事的にほぼ意味を失った壁だが、トランプの壁を筆頭に、いまだに壁は築き上げられつつあり、その象徴的な役目は失われていない。詩情豊かな語りと合わせて、抜群におもしろかった。アメリカでは一部の刑務所の運営が民間に委託されているが、その実態を刑務官として潜入し暴露したのがシェーン・バウアー『アメリカン・プリズン』(満園真木訳/東京創元社)だ。著者がいた刑務所では、州から囚人一人につき一日三四ドルが振り込まれ、そこから衣服や医療の代金を引いた分が企業の取り分になる。利益をあげるために囚人はひどい病気や怪我になったとしても簡単には病院にも行かせてもらえず、苦しみながら耐え抜く必要がある。八〇〇人の受刑者を二人の刑務官で監督するなど、コスト追求のあまり非人間的な環境になっている民間刑務所の実態が明らかになっていく。企業が邪悪というよりも、コスト削減に走らざるを得ない民間経営の刑務所が持つ構造的な問題が、アメリカの民間刑務所の歴史と共にあぶりだされている。ピーター・ポメランツェフ『嘘と拡散の世紀 「われわれ」と「彼ら」の情報戦争』(築地誠子、竹田円訳/原書房)はソーシャルメディアを中心とした、現代の情報戦についての一冊である。実は、選挙時の情報操作などにSNSが用いられるケースが増えてきている。マニラの選挙戦でフェイスブックのグループを用いた世論誘導が実行されていたことが明らかになっているし、ロシアには職員が一丸となって国のために事実を覆い隠し、偽りの情報を生産するデマ製造工場があった。世界各地でどのように嘘が生み出されているのかを解き明かす本書は、デマの拡散が生死に繋がりかねない危機的な状況にある今こそ読んで欲しい一冊だ。最後に、コロナ関連の二冊を紹介。詫摩佳代『人類と病 国際政治から見る感染症と健康格差』(中公新書)は、感染症にたいして人類は国際政治の観点からどのように戦ってきたのか、戦うための保健協力の体制を作り上げてきたのかをまとめた一冊。タイムリーな本だが、書き飛ばされたわけではなく、何年も前から書き続けていた本だ。世界保健機関(WHO)はいま、新型コロナに対する初動の対応ミスを批判されているが、どのような理由からWHOは産まれたのか? なぜ中国やアメリカの意向を無視できないのか? というのが、歴史的な過程からしっかりと理解できる。一方、冨山和彦『コロナショック・サバイバル 日本経済復興計画』(文藝春秋)は今回の危機に合わせて大急ぎで書かれた本ではあるけれども、日本経済の行末の推察、企業の経営者やマネージメント層が今何を決断すべきかについて明快に語っていて、まさにいま読むべき本だ。特に修羅場の経営として語られている章については、新型コロナに関わらずすべての危機的な事態に適用可能な内容であり、冨山和彦がこれまで語ってきたことの集大成感がある。

今月の本の雑誌

今月の本の雑誌もよろしくね。1月号! 僕ももう一年連載したんだな。

本の雑誌451号2021年1月号

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  • 発売日: 2020/12/11
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)