基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

法がおよびづらい、海の無法者たちの世界を暴き出すノンフィクション──『アウトロー・オーシャン:海の「無法地帯」をゆく』

この『アウトロー・オーシャン』は、ニューヨーク・タイムズで記者として働き、本書のもととなった「無法の大洋」と名付けられた一連の記事で数々の賞を受賞したイアン・アービナによる一冊である。海は監視が行き渡らないこと、そもそも法的な空白地帯が広いこともあって、陸地では想像もできないような犯罪行為が平然とまかり通っている。当たり前のように人間が射殺され、給料を支払いたくないために船だけ残して置き去りにする雇い主、事実上の奴隷労働など、これは本当に21世紀なのか?? と思うような悲惨な出来事が、日常のように起こり得る世界である。

著者は、5年ほどの取材期間の間に、7つの海をまたにかけ、日本の捕鯨船に攻撃を加えようと追い回すシーシェパードの船に乗り込み、石油企業と海を守ろうとする研究者らとの戦いを調査し、海上の護衛を担当する荒くれ者共の船に潜り込み──と、海の無法者たちの中に突貫していく。本書は普段日のあたらない海で何が起こっているのかを暴き出すジャーナリズムにして、そこで著者がどのように立ち回ってきたのかも冒険譚でもある。上・下巻の大著で、お値段もけっこうするが、今まで知ることのない世界を知れて、これはたしかに値段に見合うぐらいにおもしろかった。

 何だかんだ言ったところで、結局のところ本書の目的は、めったに眼に触れることにない世界を見せることにある。ギリシアの港からタンカーをこっそりと出港させて領海外に持ち出す債権回収人。メキシコの港から妊婦を内密にこの国の法律が適用されない海に連れ出し、陸では違法とされている人工妊娠中絶を行う女医。南大西洋では国際刑事警察機構(ICPO)に指名手配されている違法操業常習船を追跡し、南氷洋では日本の最後の商業捕鯨線を追い回して妨害活動を展開する、過激な自然保護活動家たち。本書にはそうした人びとを描いている。

シーシェパード

本書で最初に取り上げられていくのはシーシェパードの面々だ。シーシェパードは日本人からすると、捕鯨船を狙って危険な行動を仕掛けてくるほぼテロ集団という認識の人が多いだろうが、その認識はアメリカのジャーナリストの目を通して描写されても大きく変わるわけではない。著者は、取材として世界で最も悪名高い違法操業船として知られる〈サンダー〉を追う、シーシェパードの船に乗り込むことになる。

海上活動を規制する法律は曖昧で、そもそも取り締まる自体に大変なコストがかかるので、国際的に有名だったとしても違法漁船が取り締まられることはあまり多くないという。国際刑事警察機構が国際指名手配している違法操業船は、著者がシェパードの船に乗り込んだ年(2014年)にたった6隻しかなく、何十年も捕まらずに操業を続けているので「六隻の盗賊団(バンディット・シックス)」とやたらと格好良い呼び名がついているらしい。シーシェパードは、こうやって世界から見逃されている犯罪者らを取り締まるためにかなりの費用をかけている。『「無償の賞金稼ぎ」を自任する彼らシーシェパードは、世界の果てにある茫漠とした南氷洋で無法者たちの船を探し回っていた。言うなれば、これは勇敢な自警団と名うての犯罪者の戦いなのだ。』

とはいえ、シーシェパードの行為は適法というわけではない。彼らは他の操業船を追いかけ回して妨害する法的根拠として、国連世界自然憲章には各国の司法権の及ばない地域の自然環境保護はNGOに支援を求めるという条項があり、それに基づいていると答えている。が、これは拡大解釈であり、海事法に詳しい法律家たちからは異議が上がっている。違法漁船相手なら誰も文句をいってこないので、やっているというのが正直なところだろう。彼らはそもそも、目的は手段を正当化すると考えており、犯罪行為を阻止するために法の範囲を超えることを厭わないと発言しているのだ。

犯罪なのか非犯罪なのかはともかく、読んでいておもしろかったのが、そもそもどうやって違法漁船を取り締まるのかである。なんもわからんので、なんとなく接近してスクリューに何かを引っ掛けたりして止めて、1週間ぐらいでかたがつくのかなと素人考えで思っていたのだが、実際には2ヶ月にわたってつけまわし、寝返るように説得するメッセージをボトルに入れて相手の船に投げ入れたり、違法漁船が網を放ったら近づいて切ろうとするみたいな地道な追いかけっこを行っているのである。

目的は手段を正当化するという考え方は最悪という他ないのでシーシェパードに対して好意的な感情を抱くわけではないが、それにしたってやるかやられるかの緊張感の中数ヶ月にわたって海上で追かけっこを続ける執念は凄まじいものがある。娯楽もなく、労働は一日15時間、水の節約のためにシャワーは1日3分と最悪の環境なのだ。よくやるものだ、と感心するほかない。ちなみに、乗組員の約半数が女性で、ほとんどが20代30代の大卒の若者なのだとか。船上生活についても詳しく書かれている。

海で中絶する。

おもしろい話だらけで何を紹介しようか迷うのだが、中でも驚いたのは海上で人工妊娠中絶を請け負う特殊組織の話である。洋上での活動が犯罪にあたるかどうかは、それが実行された位置で決まる。たとえば、陸地から22キロメートルまでがおおよそ領海となるので、その先は船舶の国籍によって適用される法律が決まることになる。

そうすると驚くべきことに、人工妊娠中絶が犯罪行為とされる国の国民であっても、人工妊娠中絶が合法の国の船で海に乗り出し遠く離れれば、実質合法的に処置を行うことができるのである。オランダの医師でNGOウィメン・オブ・ウェーブスの創設者であるホンペルツは、大型ヨットにボランティアの医師たちをのせ、まさにそうした処置を担っている。『女性たちを海に連れ出すことで、彼女自身を含めた医師たちと、女性たちの体の管理に口出しする国家を排除するのだとホンペルツは言う。』

たとえば、ローマ・カトリック教会の勢力が強く人工妊娠中絶は大半の地域で違法とされているメキシコ人女性がこうしたNGOに助けを求めるという。本書で紹介されていく事例は、ほとんどが脱法行為で金を稼ぎたい犯罪者と被害者の実態なわけだけれども、この事例はその中でもまれな、揺るぎない信念のもと海事法の歪みを利用する人々の話である。

おわりに

他にも、密航者たちが陥る悲惨な現実を追った章(大海原の真っ只中に放り込まれて死ぬまで漂流し続けることになることが多く、そうした漂流者には「ラフテッド」という名称までついている)や、雇い主と連絡が途絶え船の上で賃金の支払いもなく置き去りにされる人々の話など、おもしろい話がいっぱいあるのでぜひ読んでみてね。

惜しいのは、調査期間が主に2014〜17年のことで、今は状況が変わっているのではないかと思える部分が多々あることである。たとえばシーシェパードは日本語で検索しても英語で検索しても大した情報が出てこないが、2017年以降は活動がにぶっているようにも見えるし(2017年は日本の捕鯨船に対する妨害活動を諦めている)。犯罪状況も、著者による報道のおかげもあってか改善に向かっているのではないか。普段日の当たらない部分に日を当ててくれた好著だが、次弾も読んでみたいものだ。