基本読書

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元NATO欧州連合軍最高司令官によって書かれた、ありうるかもしれない米中開戦を描く近未来軍事シミュレーション長篇──『2034 米中戦争』

近年、米国と中国の溝は深くなる一方だ。最近も、米国は中国の人権状況について懸念し、北京で開かれる冬季オリンピックを外交ボイコットすると発表。中国は中国で、年々世界へ自分たちの権利を認めさせるよう強硬な姿勢をとるようになり、緊張感はいや増している。まだ米中開戦かと危機感を覚えるような状態ではないものの、5年、10年先に米中が争うといっても、そうありえない話には思えない。

本書『2034 米中戦争』は、そんな米中戦争が実際に起こった2034年を描き出す、近未来SF/軍事シミュレーション長篇だ。著者は二人いるが、一人は海兵隊特殊部隊に従軍し退役後にノンフィクションやフィクション作品を執筆しているエリオット・アッカーマン。もうひとりは米国で海軍大将やNATO(北太平洋条約機構)欧州連合軍最高司令官をも勤め上げ、『海の地政学』などの著作のあるジェイムズ・スタヴリディスと、すごい二人が揃っている。米国でも刊行当時(今年の3月)から大いに話題となっていて、これはやく翻訳されないかな〜〜〜と待っていたのだが、思っていた以上に翻訳が早くて先月すでに刊行されているのをすっかり見逃していた。

で、読んでみたけれども、さすがにおもしろかった。ボタンの掛け違いがいくつも起こり、報復の連鎖が加速していく、その政治的な駆け引きの描写。高まりきった両国の緊張状態をなんとか緩和しようと奮闘する国(インド)もいれば、この機に乗じて勢力均衡を自国に有利な形へ揺り動かそうとする国(ロシアやイラン)もおり、事態は米中開戦をきっかけとして世界中の国家を巻き込みながら動き出していく。

軍事シミュレーション物といっても、戦場の描写というのは本書ではほとんど描かれない。その分本作で注力していくのは、攻撃をするか・しないかといった判断。攻撃するとして、どこを攻撃するのかと言った攻撃目標の選定など、主に上層部の思考・意思決定のプロセスである。政治家や軍人は緊急事態時、情報が少なく不鮮明な中で、破壊的な決断を下す必要に迫られる。たとえば通信が途絶し、国全体にどのような被害が出ているのかもわからない中での核攻撃の可否の決断など──そうした正解の見えない一瞬の決断が、本作の中では幾度も描かれていく。

どのようにして米中は開戦するのか?

2034年の3月、南シナ海で煙をあげながらも救難信号を出さない、不審な動きをする中国のトロール船〈文端〉を、米海軍の三隻が拿捕するところから物語は始まる。一見したところはスパイ船であろう、というだけの船だが、中国(の同盟国であるイラン)は同日の同時刻に米国の最新技術を積んだF-35とそのパイロットを拿捕しており、なぜか中国はこのF-35と〈文端〉との交換を持ちかけてくることになる。

中国サイドがF-35を捉えたのはそこに最新のテクノロジーが用いられていたからだと想像できるが、それをわざわざ交換材料にするということは、米海軍が拿捕した〈文端〉には機密情報が眠っている可能性が高い。だが、それにしても状況は複雑である。そんな重要な船が意味もなく南シナ海をふらついている理由もわからないし、何の抵抗もできず最新機器を積んだF-35が捕らわれてしまった理由もわからない。

そして、そのような米国が何一つ把握していない状態で、中国から米国にたいして大規模なサイバー攻撃が行われ*1、ほとんどの通信が途絶。大停電が起こり、米海軍の〈文端〉を拿捕した米海軍三隻の意思疎通も手旗信号を使うしかない状態に追い込まれ、果ては魚雷を撃ち込まれ、一隻を残して撃沈されてしまう。これは米国サイドからみるとすべてが不可解だが、中国側からすれば狙い通りの作戦行動だった。

米中は何度も、危機を受けてポーズをとり、その後瀬戸際戦略が続き、緊張緩和と取引に至る流れを繰り返してきた。だが、今回中国側はそれを逆手にとって、押し切ることにしたのだ。〈文端〉を拿捕させたのは、中国の「釣り」だった。

中国政府の目的が危機それ自体であって、南シナ海でアメリカの軍艦を攻撃する口実なのだということを、アメリカ側は把握できない。あるいは、手遅れになるまで把握できないのは確実だ。先方に欠けているもの──あるいは、いつの間にかなくしてしまったもの──は、想像力だ。911の同時多発テロにも当てはまるが、〈文端〉事件にも当てはまる。アメリカ諜報部の失策ではなく、アメリカ人の想像力の欠如なのだ。もがけばもがくほど、身動きがとれなくなるだけだ。

そんなことしたら戦争一直線じゃねえか、と思うのだがこの時点では中国はある程度楽観的な思惑を持っていることも中国サイドの登場人物の視点からは語られていく。〈文端〉で米海軍をおびきよせ、それを拿捕してしまった米国側のやましさを利用して、国際的な非難の声の勢いをそぐ。そして、米海軍の駆逐艦を一隻だけ沈没させずに生き延びて帰らせ、見逃してもらったと本国に報告してもらい、F-35とパイロットを解放することでなだめ、中国は南シナ海の完全なる領有を手にする──。

だが、そんな甘い目論見は通らない。米国は報復措置として、〈フォード〉と〈ミラー〉、ふたつの空母打撃群を南シナ海に派遣。しかし、米国は認めなかったが(だからこそ何も考えずに空母打撃群を出した)〈文端〉事件時に明らかになっていたように、中国は米国が対応不可能なサイバー攻撃手段を持っている。最強のシステムと乗組員とミサイルを持っているはずの空母打撃群はすべてのシステムが機能停止し、ミサイルの発射はおろか緊急脱出もできず航空機は海に墜落。軍艦は何もできぬまま魚雷、巡航ミサイルを受け、敵に一人の損害も与えられぬまま、大敗北を喫してしまう。

新しい勢力均衡へ

この敗退が起こってから、特に海上の勢力均衡は大きく揺らいでいく。ロシアは米国が核攻撃などの派手なことをしてくれれば自分たちが他地域に侵略したり米国の海底ケーブルを破壊して回ることも許されると考えカオスを増す方向に舵を切るし、インドは緊張緩和を目的に、米中双方に攻撃を加え戦争行動を停止させようとする。

米国は米国で、敗退が続き、ロシアの不審な動きやこの機会をとらえた中国の台湾進行の動きなど、大きく均衡を揺るがす動きがみえたら、戦術核の使用をちらつかせざるをえない。一方の中国は戦術核の使用をほのめかすのは米国が弱いからであり、本気で脅そうとするのであれば大規模なサイバー攻撃を仕掛けてくるはずだと推測し、核を使用しないであろうラインでの攻撃を計画するが──と、双方の思惑・予想が悪い方へと転がり、噛み合わず、破滅的な報復の連鎖に繋がる様子が描かれていく。

おわりに

この作中の2034年では、米国の技術力をインドや中国が追い抜いていて手も足もでないとか、米国はサイバー攻撃を避けるためにハイテク装備を取り外した戦闘機で攻撃を仕掛けるようになるとか、ヒーローのような戦闘機パイロットがその実ヒロイックにがんばりすぎちゃったせいで凄まじい大惨事を引き起こすとか、米中戦争というテーマを抜きに読んでも読みどころが多い、未来への警告の書である。

ジェイムズ・スタヴリディスの『海の地政学』もすごくおもしろい本なので、よかったら読んでね。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp

*1:サイバー攻撃についてはその技術的な側面はあまり語られないが、規制緩和によって分割されたオンライン・インフラストラクチャーが脆弱であることが米国の弱点なのだと語られている。一方で、中国は不自由な国だが、その分中央集権的なサイバー防衛体制を敷くことができる。