本書で描き出されているのは、チャットアプリによるメッセージや電話がすべて監視され、家の前には個人情報が詰まったQRコードが貼られ、身体情報から移動履歴などすべてのデータを元に犯罪を起こす可能性のある人物をAIが自動的にピックアップする「デジタルの牢獄化」したウイグルの姿である。これまで、断片的なニュース情報を読むことでウイグルで相当なことが行われていることはわかっていたつもりだったが、実際に収容所などを体験した人物のレポートはあまりにも衝撃的だ。
読み終えた夜は、自分が強制収容所に入っている悪夢を見たぐらいだった。
本書のなかで私は、新疆ウイグル自治区がもっとも高度な監視ディストピア社会に変貌を遂げた物語について説明する。〝状況〟はどのように生まれたのか? AI、顔認証、監視などの技術における前例のない進歩を受け容れたとき、それは私たちの未来にとって何を意味するのか?
実際に何が行われているのか?
本書は2000年代から中国でのインターネットやテクノロジーの発展を追いながら、どのようにして中国での監視社会体制が構築されていったのかを追う構成になっている。その後、若いウイグル人女性メイセム(仮名)を主人公にウイグル自治区、またその強制収容所で何が行われているのかが語られていくことになる。
一人の主人公を置いているとはいえ、その背景には多数の同様の状況に追い込まれたウイグル人たちがいる。たとえば、著者が2017年から20年にかけてインタビューしたウイグル人の全員が、複数の家族と3人以上の友人が姿を消したと証言している。おそらく強制収容所に連行されたと考えられるものの、何が起きたのかはっきりしないケースも多い。取材対象者の3人にひとりは、家族全員が行方不明になったと語る。
17年に中国は260の強制収容所をウイグル自治区全域に作り、政府は人々が自発的にここに行って、みずからの意思で離れることができると主張するが、実態は異なっている。許可がなければ出ることは出来ないし、中では思想教育と懲罰が長期間にわたって行われた。『政府は、国民を管理・監視するだけでは飽き足らず、もっと奥まで踏み込もうとした──人々の考えを一掃し、「脳からウイルスを取りのぞいて治療・浄化し、正常な精神を回復させる」。このような医学的説明が、政府要人の演説、国営メディアの報道、漏洩した文章のなかに繰り返し登場するようになった。』
どうやって連行されるのか?
ウイグル人はどのようにして連行されるのか? メイセムの体験談的にも、全体の裁判の件数、連行件数などからみても、2013年〜14年から締め付けが厳しくなっていったようだ。ドライブや散歩に出かけてもウイグル人だけが入念にIDをチェックされ、家族に信用できないとされるものがいるとガソリンの購入が制限される。
そうした「怪しいか、怪しくないか」の判断は現場の警察が独断で決められるので、ウイグル人たちはいつもにこにこ愛想よくしていることが求められるようになる。さらに、その後(2015年〜?)にはウイグル人同士の相互監視システムが用いられるようになる。たとえば、メイセムが胃腸炎にかかって家で休んでいると、近所の人たちから「今朝9時はいつもの散歩に出かけなかった」として通報が入る。
胃腸炎であるから散歩に出ることが出来なかったと説明しても無駄で、その証明書を医師からもらい、事実を客観的に証明する必要が出てきたりする。
当時の新疆ウイグル自治区では、各家庭が10世帯ごとのグループに分けて管理されていた。グループ内の住民は互いに監視し合い、訪問者の出入りや友人・家族の日々の行動を記録することを求められた。
手法自体は原始的だが、16年からは各家庭の前に各世帯の個人情報が含まれたQRコードが貼られ、グループ長は訪問を終えるとそれを読み取り、問題のないことを報告するようになる。こうした地域自警システムで情報を吸い上げ、個人は「信用できる」「ふつう」「信用できない」の3カテゴリーが割り振られる。
メイセムはトルコの大学院に行っており、複数の言語を喋り、大量の本を読んでいたことから、「信用できない」と判断されたのだろう──結果的に彼女の家には監視カメラが設置されることになる(もちろん拒否などできるわけもない)。その後彼女の一家は〝検査〟が義務付けられることになり、身体検査、採血、声と顔の記録、DNAサンプルの採取が行われ──と国にあらゆる情報を提供する羽目に陥っていく。
一体化統合作戦プラットフォーム
プライバシーもクソもあったものではないが、メイセムの悲劇は終わらない。何もしていないにも関わらず、突如として彼女は「地区の警察が不審な動きを察知した」として出頭を要請され、尋問を受け、後に連行されるのだが、これには「一体化統合作戦プラットフォーム(IJOP)」と呼ばれる新しいシステムが関わっている。
このシステムでは、監視カメラの顔認証、グループ長による訪問者管理システム、健康状態、銀行取引などすべての情報を用いて、「通常とは異なる行動」、「治安の安定に関わる行為」を報告する。報告されるのはたとえば、大量の本を所有しているのに教師として働いているわけでもない時、普段5kg分の化学肥料を買う人が突然15kg分買った時などで、異常を検知すると地元の警察官がすぐに訪問する。
IJOPは人工知能を利用し、犯罪容疑者や将来の犯罪候補者について「プッシュ通知」し、警察と政府当局にさらなる捜査をうながすようになった。警察は、通知を受けしだいすぐに行動を起こす必要がある。ときにそれは、通知が来た当日のうちに直接訪問して話を聞いたり、自宅軟禁にしたり、容疑者の移動を制限したりすることを意味した。あるいは、安全な身柄の拘束や逮捕を意味することもあった。
SF小説のような現実
先日、第二次世界大戦時にすでに現代のようなインターネットやスマホが存在している、架空の歴史をたどったナチスドイツを描く『NSA』というSFを紹介した。その世界で、ナチスは匿われているユダヤ人を発見するために、各家庭の食料の購入履歴をリストにし、平均カロリーよりも多くの食料を買っている家にたいして家宅捜索を行っていたが、まさに同じことがウイグルで起こっているのである。
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また、犯罪を予測し事前に拘束する手順は、ディックの『マイノリティ・リポート』、『PSYCHO-PASS』世界のようだが、これは現実の話である。メイセムはその後強制収容所に入れられ、共産党への賛同と感謝を述べさせられ、プロパガンダ映像を視聴し、神について、周りの人間達について、さまざまな尋問が実施されていく。
メイセムは『一九八四年』のジョージ・オーウェルに対して、彼はウイグル人の世界の未来を見抜いていたと語る。そんな「まさに『一九八四年』のような」収容所の実態と、今後我々は何をすべきなのか? という問いかけの先は、読んで確かめてもらいたい。
おわりに
著者はアメリカのジャーナリストだが、本書の内容は台湾人の技術ジャーナリストによって厳密なファクトチェックが行われている。インタビューをもとにした部分は取材対象者に再度電話をかけて翻訳・引用された北京語が本当に正確なのかまで精査していて、内容にはある程度信頼がおけるとみていいだろう。衝撃的な一冊だ。