基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

人類はいかにして直立二足歩行へと至ったのか?──『直立二足歩行の人類史 人間を生き残らせた出来の悪い足』

人類は高い知性など他の動物にみられない特徴をいくつも持っているが、そうした特徴の中でも最たるものの一つに、「直立二足歩行をしている」が挙げられる。

二足歩行はたしかに手がフリーになって武器が持てる、道具を使えるなどの多くの利点がある一方で、歩く時はより不安定になってこけやすくなり、走る際の最高速度も劣る。では、現生人類が二足歩行をしているのはなぜなのか。生存競争上の利点があったことは間違いがないが、それはいったいどのようなものなのか。直立二足歩行には進化史上、どの時点に至ったのだろうか。本書『直立二足歩行の人類史』は、そうした人類と直立二足歩行の歴史をあらためてたどりなおしていく一冊である。

人間が直立二足歩行に至る過程といえば、チンパンジーやゴリラがやっているような、地面に手をつけて歩くナックルウォークの状態から徐々に背が直立に近づいていき、直立二足に至る──というのが一般的な理解だろう。しかし、本書ではそれに大きく反した仮説が提示される。その仮説は実際の化石証拠に支えられたたしかな説得力があるもので、読んでいて思わずえ? と声が出てしまうほどだった。

下記でその仮説について軽く紹介してみよう。

直立二足歩行の利点と、どのように二足歩行がはじまったのか

そもそも二足歩行が人類の祖先のホミニンで発達したのは、アフリカ大陸が激しい気候変動によって森林が断片化し草原が拡大した頃(中新世から1500万年〜1000万年前頃)と考えられている。その新しい環境下では二足歩行が有利だったのだろうが、具体的な理由はわかってはいない。たとえば、直立姿勢の方が日光に曝される体面積を少なくできるので有利だった説があるし、より高い場所に目がおかれることになるので草原下での警戒も楽だっただろう。無論持ち物を運ぶことができる利点もある。

いくつもの利点が考えられ、「二足歩行に至った唯一の理由」は存在しないかもしれない。そうすると次に気になるのは「ヒトの祖先はいつから(直立)二足歩行するようになったのか」になるわけだが、これを理解する唯一の手立ては化石だ。たとえば、1974年に発見された318万年ほど前のアウストラロピテクスの化石(ルーシー)は、骨の形状から人類に近い直立二足歩行を行っていたことがわかっている。

なぜ人間は四本足から二本足になったのだろう?

300万年ほど前から人類が二足歩行をしていたことは明らかなようだ。では、それより前の化石ではどうなのだろうか? やはり、よく知られているイラストのように、チンパンジーのようにナックルウォークする種から進化したのだろうか──といえば、そうとは限らないようだ。まず、そもそもの話としてチンパンジーは人類の祖先ではなく、共通の祖先を持つものの、途中(600万年前)で分岐したいとこである。

https://www.ac-illust.com/main/detail.php?id=2026003

チンパンジーとヒトの共通祖先がナックルウォークをしていたのであればヒトの二足歩行はナックルウォークから進化したといっても間違いはない。しかし、実は現状これを示す化石が見つかっていないのだ。むしろ、今見つかっている共通祖先に近い類人猿(1162年前に生息していたダヌビウス)の化石は、長くまっすぐな後肢を備えていて、大腿骨と脛骨の関節の形状は直立二足歩行の姿勢であったことを示す形をしている。ダヌビウスが地上で定常的に二足歩行を行っていたかどうかは定かではないが、形状的には現生類人猿より効率的に二足歩行できたことは間違いない。

ヒトやチンパンジーの共通祖先がそもそも二足歩行をしていたのであれば、話はよく知られたものとはだいぶ異なってくる。

「なぜ人間は四本足から二本足になったのだろう、と考えること自体が間違っています」とウォードは二〇一八年にダートマス大学を訪れた際、私の受け持つ人類進化の授業で学生たちに語った。「疑問に思うべきなのはおそらく、なぜ人類の祖先はそもそも手をついて歩かなかったのだろう、ということなのです」

ナックルウォークから二足歩行に至ったのではなく、話はその逆。二足歩行だった共通祖先からチンパンジーやゴリラはナックルウォークをするように進化が枝分かれしていったと考えるほうが理にかなっている。もちろんこれはまだ仮説ではある。東アフリカの1400万年〜1000万年前の地層からナックルウォークをしていたとみられる類人猿の化石が発見されれば、「ヒトの祖先はナックルウォークする類人猿だった」という仮説もまた復権するはずだが、現状そうした化石は出ていない。

おわりに

そんな本書の核心といえる部分を明かしてもいいのか、と思うかもしれないがこれでまだ全体の3分の1ほど。本書はこの後も、類人猿が二足歩行を発達させてきた理由の深堀り、種ごとに歩き方が異なるのはなぜなのか、歩くことと創造性の関係について、歩くことによる健康効果(特定の種類のがんや心疾患を予防し、自己免疫疾患の予防、血糖値の減少、不眠の改善効果に脳卒中リスクの低減などなど)とその理由──など、歩行と人類の関わりを無数の観点から振り返ってみせる。

本書を読めばつい歩き出したくなるはずだ。翻訳もよく、本文360ページほどだがサクッと読み通すことができるだろう。