基本読書

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『ダリフラ』に影響を受けて書かれた、やりたい放題の中国風ロボットSF──『鋼鉄紅女』

この『鋼鉄紅女』は中国出身で幼少期にカナダに移住した作家・ユーチューバーのシーラン・ジェイ・ジャオのデビュー長篇である(21年刊)。タイトルにも入れたが、TRIGGER&A-1制作によるロボットアニメ『ダーリン・イン・ザ・フランキス』に影響を受けた(謝辞にかかれている)、中華風のロボットSF・ファンタジーだ。

『ダーリン・イン・ザ・フランキス』の制作者たちへ。この本の男女二人乗り操縦システムの発想のもとであり、巨大ロボットを文学装置として青春とジェンダーとセクシュアリティを描くというアイディアのきっかけになった。*1

ロボットは九尾の狐や朱雀、白虎、玄武などの中国神話からモチーフがとられており、最初は動物形態だが次第に直立二足歩行形態、英雄形態に変化していくなど、”変形”パートもばっちりあって、ロボットSF好きはもちろん満足できる作品だ。そして、着想元が『ダリフラ』だし、日本のロボットアニメの強い影響下にある作品なわけだけれども、読んでみればそれだけで終わらない作品であることがすぐにわかる。

トンチキなものから真面目なものまで過剰なまでの設定、描写に溢れながら、同時に「女は男に付き従うべきだ」などの古代からある男性上位の価値観をはじめとした「伝統、ルール」を「ふざけるんじゃねえ!」と全部ぶち壊していく、革新性、爽快さに溢れた物語であり、特に物語の終盤の怒涛の展開には唖然とすることをうけあいだ。伝統、革新を破壊していくという点においては、先行するロボットアニメ的には『クロスアンジュ』とか『天元突破グレンラガン』っぽさもあるといえるか。

まずは大まかな世界観を紹介する

物語の舞台は、中華風の未来である。この世界は渾沌(フンドゥン)と呼ばれる地球外生命体に襲われて、人類文明は一度壊滅しかかっている。だが、人類はその渾沌の死骸から人類側の兵器となる巨大ロボット・霊蛹機(れいようき)を作り出していて、今は各地で渾沌との小競り合いや領土の奪還作戦を繰り広げている最中だ。

この世界では人の持つ内なる気が霊蛹機を動かすエネルギー源になっていて、気の量が多ければ多いほど(霊圧と表現される)より強力な存在であるとされる。霊蛹機を操縦するのは基本的に男女一組のパイロットであるが(男女二人乗りの機体はダリフラっぽい箇所だろう。男女二人乗りアニメ自体はいっぱいあるけど)、この二人は対等な存在とはいえない。霊圧の低い女子パイロット側は激戦の中で死亡することが多く、女子パイロットにはエリートである男性パイロットに何人もあてがわれる妾女が使い捨てとして用いられる──つまり、この世界は絶対的に男上位の世界なのだ。

設定的に奇妙なのが、そうした徹底的な男性上位社会であったり、足を布で巻いて小さくする纏足の慣習だったり、袍や襦裙といった古代の漢服を着ていたり、舞台・文化・社会はかつて・古代の中国として描かれている一方、カメラドローンが飛び回ることで渾沌と霊蛹機の戦闘は市民にリアルタイム配信され、タブレットが普及していたりと、現代的な要素も併せ持っている点だ。正直これはちぐはぐで違和感が最初はあったのだけど、読み進めていくうちにたいしてきにならなくなってくる(作中でこの配信設定がうまい・おもしろい使われ方をしていくのも大きいけど)

次はあらすじをざっと紹介する

さて、そんな世界において主人公になるのが、父親に妾女パイロットとして売り払われた武則天(ウー・ゾーティエン。現実の中国では中国史上唯一の女帝の名。本作の登場人物の名前は司馬懿や諸葛孔明など、中国史上の人物から基本とられている)である。彼女の姉もやはり売られていったのだが、何らかの理由で死亡している。

武則天は姉の死の真相を追求し、仇を取る──姉を殺した男性パイロット(楊広(ヤン・グアン))──を自分の手で殺害するために妾女パイロットになる覚悟を決めている。『「あの男子の美しく官能的な妾になる。そして、ことがすんだら──」刀の鞘を払うように簪を引くと、鋭利な切っ先が現れる。「──寝首を掻く」』

完全な家父長制の男性上位社会なので、妾女パイロットの扱いは道具同然だ。処女検査があり、着付け、肌の手入れなども行われ、広報用の写真をとった後は広く市民に公開され容姿を品評される。そうした様々な検査を受けた後彼女はついに妾女パイロットとして採用され、憎い姉の仇である楊広に「おまえはありきたりの女子とはちがう。」と少女マンガみたいな口説かれ方をしてベッドにいくのだが──そのタイミングで都合よく渾沌が襲来し、二人は即座に霊蛹機へと乗り込むことになる。

霊蛹機の仕組み

この霊蛹機周りの仕組みの設定も凝っていておもしろい。この世界の人間は気・霊圧があってそれが強さの指標であると書いたが、気には陰と陽、木、火、土、金、水からなる五行の属性がある。たとえば楊広が体内に充実させるのは均衡と安定をもたらす土属性で、これを霊鎧に送り込めばどんな形状も容易に作れる。

そんな彼が乗り込む九尾狐の元になったのは木属性だが、これは樹木があらゆる土地で豊かに茂るような活発さと伝導性を持つことを意味し──と、陰陽五行がうまくパイロットとロボットにたいして活用されている。歴史的には測定不能なほど高い霊圧を持ち、あらゆる属性相性があったとされる、伝説時代以外で唯一の皇帝級パイロットの存在も明かされていて、とにかくこの辺の「こういう設定なら、こういう人・概念もあるよね?」という勘所は、外すことなくおさえられている。

コクピットはまるく、パイロットは一段低い陰座(女性用)と陽座(男性用)に分けられ縦に配置された席に座る。陽座は陰座側を後ろ抱きにするような構成になっていて──と、絵にしたらなかなかエッチな感じだ。

男女の物語と、伝統とルールを破壊する物語

霊蛹機は男女ペアのパイロットで操縦するしかないので、本作は必然的に男女の物語になっていく。先に書いたように、女性は一方的にその気を搾取され、死に至るだけの存在だが、その気が男女で拮抗状態になった時に特別な形態に変身できるなど、「拮抗する意味」もまた存在する。では、むしろ女パイロット側が男パイロット側を凌駕する気、霊圧を発揮したらどうなるのか──? が、武則天と楊広の初戦で起こる出来事であり、それをきっかけとして物語は大きく動き出すことになる。

武則天はそもそも男性パイロットをぶち殺すために覚悟を決めて乗り込んできた女である。彼女は自分が我慢を強いられそうになると反発し、自分や女に危害を与えるような男子が裁かれ、殺されるべきだ! と力強く宣言する。『耐えて、耐えて、それでなんになるの。譲歩して、言いなりになっていれば、そのうち相手が態度を変えるとでも? 暴力でなんでも手にはいると思わせたら、最後に待つのは死よ』

彼女はその覚悟の強さで、圧倒的な男性上位社会、古い、暗黙の伝統に縛られたこの社会を破壊するために動く。もちろんメインプロットの一つに人類vs渾沌という、ある種のミリタリーSF的なテーマがあるのだが、それと同時に「くそったれた伝統、ルールを破壊していく」という人類内部での闘争もまたテーマとなっていくのだ。はたして、この世界、人類社会は敬意を払い、守るに値する世界なのか? と。

おわりに

男女パイロットは仲の良さ・信頼関係も重要なのでコミュニケーションを取る必要があるが、一方で武則天は、故郷に残してきた単なる村娘の自分とは身分の異なるメディア王の息子も熱烈にアプローチしてくれていて──とそのへんのラブロマンス描写もなかなかである。ここでは触れられなかったが、中盤から後半にかけては「渾沌と霊蛹機の戦闘」がドローンで配信されている設定にも大きな意味が出てきて、デビュー作とは思えないぐらいにプロット、伏線回収がうまい作家である。

最後に宣伝

『SF超入門』というSF入門本を書いたのでよかったら買ってください。

*1:ブログの筆者注。本作の謝辞(p566)より引用