基本読書

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人工知能とボットに仕事の大半が代替され、多くの人間が薬物を服用し能力を向上しながら労働するようになった世界──『マシンフッド宣言』

この『マシンフッド宣言』は、インド生まれのアメリカ人作家S・B・ディヴィヤの第一長篇となる。21世紀の近未来を舞台に、人工知能とロボットに人間の労働の大半が代替されてしまった、人類が陥ることになる過酷な姿を描き出していくテクノロジーSFだ。本作のように、労働が代替されたら人類はハッピーに毎日遊びながら暮らしているんじゃないの? と思うかも知れないが、そんなことはまるでない。

本作の世界では人間は人工知能とロボットから仕事を取り戻すために、自分の認知・身体能力を向上させる薬物を摂取しながら労働を行っている。中にはいわゆるサイボーグのように自分の体を機械に置き換え肉体を改造するものもいるが、本作では『そもそも、だれもサイボーグになりたがっていない』として多くの人が積極的に取る手段として描き出していないところが現代のSFとしておもしろいところだ。

誰もサイボーグ/肉体改造を行いたがらなかった結果として、外骨格の使用や薬物(ピル)の乱用に人類は至ってしまっている。それで誰もが人工知能やボットの代替ができるわけでもなく、ほとんどの人間には、重要な仕事をしている機械に付きそうベビーシッターとしての仕事しか残されていない。仕事は高度専門職と安い請負仕事に二極化し、21世紀末にあっても、人々は遺伝子工学的操作の力で生身で外見が変わることもなくAIを超えて超有能になれる未来を夢想しているが、今のところそれが実現されそうには思えない──と、本作で描かれていくのは、そんな時代である。

ウェルガは過度な期待をしていない。強化ピルと洗練されたメカ技術の市場のおかげで、ファンダーは裕福になり、デザイナーは雇用され、請け負い仕事労働者は仕事ができている。とはいえ、生きていられるからといって、充実した人生を送れているとはいえない。(p50)

最高ではありえないが、最低とも言い切れない世界。本作の魅力は、そうしたわれわれの現実の延長線上にある未来を生き生きと、時に陰鬱に描き出していく点にある。全編に渡ってこの世界観とテーマを深堀りする文章が続くので(AIと人間の対立・融合のテーマ、労働から追いやられる人類、新仏教の流行、遺伝子改変を行い宇宙で暮らす人々など)そうしたタイプが好きな僕のような人間はマストバイの逸品だ。

あらすじ、世界観など。

世界観は先に書いたとおりだが、物語の中心となっていくのはウェルガという元アメリカ海兵隊特殊部隊員の女性だ。35歳の彼女は今では民間に移っていて、大富豪のピルファウンダーを警護しているが、ある日そのクライアントを殺害されてしまう。

その実行者は意識を持った人工知能を自称する〈機械は同胞(マシンフッド)〉を名乗る存在で、彼らは機械知性の権利と人類のピルの使用停止を要求し、〈マシンフッド〉宣言を世界に向けて発信する。たとえば、人間はボットをまるでペットかのように所有しこき使ってきたが、そんな時代は終わりなのだと。期限までにピルとドラッグの製造を停止しなければ、われわれが停止させ、人類の新時代を到来させると。

マシンフッドの目的はどうやら機械知能の権利を認めさせ、自分たちへの平和的な権力委譲を実施することにある。この世界ではまだ本当の意味で意識を持ったAIの存在は確認されていないから、マシンフッドが本当にそれに類する存在なのかは最初、ウェルガやその周辺の人間にはわからない。一切の痕跡が残っていないことからそんな存在が本当にいるのかもしれないし、人体の純粋さを保つべきだと主張し、化学薬品やインプラントの使用に反対する人間の生体主義者グループの可能性だってある。

物語の序盤は、そうしたマシンフッドらの正体を探る過程で、この世界の在りようを概観していくことに注力しているが、同時に柱の一つになっていくのが、ウェルガの薬物乱用問題だ。この時代では、ピルは財力のあるファンダーが支援し、一流の専門家がデザインしたものなので、ピルでひどい副作用が起こることは(安物でなければ)ないとされている。しかしウェルガはピルを使用することで筋肉の痙攣が発生するようになっていて、その調査を義妹にして遺伝子工学者のニティヤに依頼をする。

主人公がその特別な力を行使するたびに体が不可逆的に損傷していくのはよくある演出といえるが(最近だと『サイバーパンク エッジランナーズ』とかね)、ウェルガもまた、マシンフッドを追う過程で幾度も薬物を使用し、その体を損傷させていく

いま・ここと繋がった物語

僕が本作で一番ぐっときたのは、やはり今の世を覆う「自分たちの仕事は、機械やAIに代替されてしまうのではないのか」という不安をダイレクトにテーマとして扱ってくれているところにある。人間の仕事は機械やAIには代替されない、人間は機械やAIにできないより高度な仕事にシフトしていくだけで、仕事はいつだってあるという人もいる。だが、それは人間の力を過大評価しているように僕には思える。

本作の世界では、人々はピルのおかげでまだなんとか労働者としての体裁を保っている。しかし、ウェルガの症状の悪化は、それも長くは持たないことを示唆している。政治家は誰もピルの使用を強制していないと語るが、ピルを使わねばボットの生産性に太刀打ちできず、労働力として使ってくれないのだから、詭弁にすぎない。法律にはボットメーカーを保護する偏向があり、企業とその資産がアメリカ市民よりも守られる。また、人間がピルを用いて機械に対抗することは機械デザイナーがより良い機械をつくる動機にもなっていて、人類社会は自滅への道を辿っている──。

未来の話ではあるが、ここで描かれていく焦りや未来に対する不安は、われわれが今感じていることとイコールである。ウェルガはマシンフッドを止めるために調査を続けるが、はたしてその行動が最終的に良い結果をもたらすのか否なのか。また、マシンフッドは本当に意識を持つに至ったAIなのか──。アクションバリバリで、新仏教など宗教も含めた多様なテーマを内包し──と、著者の第一長篇とは思えない洗練されたおもしろさなので、興味を持った人はぜひ読んでみてね。