ぼんやりしてたら2022年が終わってしまったが、振り返らないよりはマシだと信じて今からおもしろかった本など振り返ろう。今年もアニメ、小説、ノンフィクション、ゲーム……あらゆる媒体でおもしろい作品がいっぱいあった。そのすべてを取り上げることは不可能だけれど、この記事で思うがままに触れていきたい。
小説など(主にSF)
読んだ小説の大半はSFなのでSFの話をするが、最初に触れておきたいのは、最先端テクノロジーとその倫理・社会的課題を描き出してきた長谷敏司が、人工知能✗ダンスをテーマに描き出した長篇『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』だ。事故によって右足を切断することになったプロのダンサーが、AI搭載の義足を使い、AIと人間の新しい”共生のかたち”を模索していく。著者自身の介護体験も織り込まれた、最先端の壮絶な物語。今年の小説のベストをあげるなら、僕の中ではこれ一択だ。もう一冊、日本SFで取り上げておきたいのはハヤカワSFコンテスト出身の春暮康一の第二作にしてファーストコンタクトテーマの短篇集『法治の獣』。どれも《系外進出》シリーズと呼ばれる一連の未来史に属す作品で、地球から何十光年も離れた場所で、人類が未知の生物と出会う時の困難と興奮が生物学的にハードな筆致と共に描き出している。その生物の科学的・化学的な性質の書き込みの緻密さ、それを検証していく手付き、そして最終的にSF的なワンダーに結実する様など、日本初の生物学系SF✗ファーストコンタクト作品としてはトップレベルの作品だ。ファーストコンタクト繋がりで触れておきたいのが、『平和という名の廃墟』。『帝国という名の記憶』の第二部目に当たる作品だが、宇宙をまたにかける銀河帝国と、宮廷で繰り広げられる権力闘争・外交問題などが中心テーマになっていく。平和という〜では、そんな銀河帝国が、言葉が通じるのかも不明な相手と「戦争に至るか、至る前に対話を成立させ阻止できるのか」という綱渡りの交渉が展開されている。相手が発する音に言語的意味はあるのかなどの言語学パート。戦争することになったとして帝国の周辺諸国をどう刺激しないようにするのかといった外交が描きこまれ、今年は『法治の獣』と合わせてファーストコンタクトものの当たり年だったなと感じる。日本でも中国SFブームを引き起こした《三体》三部作とその著者劉慈欣だが、今年はその関連本もたくさん出ていてどれも一定水準以上におもしろい。たとえば劉慈欣の短篇集二冊『流浪地球』『老神介護』がKADOKAWAから出ている他、《三体》の外伝である宝樹『三体X 観想之宙』も二次創作とは思えない細部の作り込みと、本篇に並ぶほどのスケール性を持っている。また、年末には劉慈欣自身による前日譚(刊行は三体本篇より前)の『三体0 球状閃電』も刊行された。こちらも珠玉の出来。中国SFの影に隠れている感もあるが、地味に良い作品が多いのが韓国SF。今年特に触れておきたいものとしては、チャン・ガンミョンによる短篇集『極めて私的な超能力』と韓国SFの代名詞と言われる作家ペ・ミョンフンの代表作『タワー』の二作がある。前者は宇宙ものから超能力もの、ポリティカルな作品まで幅広く揃えられた熟練の技が感じられる短篇集でオススメだし、後者は674階建て、人口50万人にもなる巨大タワー独立国家である「ビーンスターク」で暮らす人々の奇妙な生活とそこで巻き起こる現象が書き込まれる。筒井康隆っぽさも感じさせる傑作なのだ。海外SFで今年ベスト級におもしろかったのが、短篇集『いずれすべては海の中に』。著者は新型コロナをめぐる状況を予言的に描いた長篇『新しい時代への歌』で注目を集めたサラ・ピンスカーだが短篇がここまでうまいのは予想外だった。脳と連結して動作するはずの最新の義手が、なぜか突然自分自身は道路であると主張し始める不可思議な話を描き出す「一筋に伸びる二車線のハイウェイ」。夢の中の自分の子供が実在すると感じられ、世界中から同じ夢をみた親たちが一点に集まってくる「そして我らは暗闇の中」。崩壊の危機に面した世界で、海に逃れた豪華客船上で音楽を提供するロックスターの鬱屈と解放を描き出す表題作など、一度読んだら忘れることができないほど鮮烈な情景を頭に残していく短篇が揃っている。
他、触れておきたい作品としては2033年に中国の日本侵攻によって東京が東西に分断された世界での事件を追うSFミステリー『九段下駅 或いはナインス・ステップ・ステーション』は不気味なリアリティがあっておもしろかった。2021年末に出たスタニスワフ・レム晩年の長篇『地球の平和』は、兵器開発が行き着くところまで行き着き、社会の変化のどれが自然発生したものでどれが攻撃なのかが判別できなくなった、「認識できない戦争」──を描き出す、これまた現代性のある作品だ。たとえば、出生率の低下、嵐や地震などの自然災害、家畜の大量死、未知のウイルスの蔓延など、それが攻撃なのかどうかわからなければ、反撃もできないのである。現代的なテーマといえば、人工知能とロボットに人間の労働の大半が代替され、それでいて市民の生活が楽になることもなく資本家が肥え太っていく未来が描き出されていく長篇S・B・ディヴィヤ『マシンフッド宣言』も外せない。本作の世界では人間は能力を増すAIに対抗するために能力向上の薬(ピル)漬けになっていて……という設定もあるのだが、近年アメリカでは絶望死(アルコールや薬物依存による死亡+自殺をまとめたもの)の増加が問題になっていて、現実と重なる描写が多い。ノンフィクション
ノンフィクションにも触れていこう。22年のベストノンフィクションをあげるなら、ジェフリー・ケインの『AI監獄ウイグル』になる。近年弾圧が激しくなっているウイグルで、実際に何が行われているのか。150人以上のウイグル人の難民に取材した本だが、その内容は壮絶の一言だ。チャットアプリによるメッセージ送信や電話は監視され、家の前には個人情報が詰まったQRコードがはられ、身体情報や移動・購入履歴から犯罪を起こす可能性のある人物をAIがピックアップして警告を飛ばす。これまで断片的なニュース情報でウイグルで相当なことが行われていることはわかっていたつもりだったが、現地の人々の実体験はあまりに衝撃的だ。22年の年初に読んだ本だが、こうして1年経ってもその衝撃は色あせていない。
続いて、今年一番このブログ(基本読書)でバズったノンフィクションが、たぶん『リバタリアンが社会実験してみた町の話:自由至上主義者のユートピアは実現できたのか』。リバタリアンが街づくりをはじめたら自由を目的にヤベエやつらが集まってきた話で、自由とは何なのかについて考えさせられる一冊である。先程『マシンフッド宣言』で人間の仕事が失われてゆく社会について触れたが、ノンフィクションでも話題のテーマである。たとえばダニエル・サスキンド『WORLD WITHOUT WORK――AI時代の新「大きな政府」論』は今後確実に起こるそうした事態(AIによる仕事の代替)に国家として対抗していくために、どのように社会設計を考えるべきかを考察・検証していく一冊だ。わかりやすい例のひとつにベーシックインカムがある。しかし、「どのような」ベーシックインカムにすべきだろうか?よく言われるAI時代への対策に、仕事が代替された人間に教育を与えて新しいスキルを身に着けさせ、別の仕事につければいいというのもある。しかし、現実問題として人間はそう簡単に新しいスキルを身に着けられないし、どんな仕事でも望んでやるわけではない。人には向き不向きと好みがあり、そんなことは不可能なんじゃないか──と、「本当に仕事はなくなるのか?」の検証も合わせて行われている。
仕事がなくなる世界で同時に問われるべきなのは、人間の「尊厳」だ。なるほどベーシックインカムによってほとんど仕事をしなくても生きられる未来もあるのかもしれない。一方で、仕事によって人間は他者の役に立ったり、関係性を構築・維持することで、尊厳を維持している側面もある。仕事がなくなった時、われわれの尊厳はどうなってしまうのか? そんな仕事と尊厳の関係について考えるのに重要な本が、2022年は『給料はあなたの価値なのか――賃金と経済にまつわる神話を解く』として出ており、こちらも非常におもしろい本なのであわせて読みたいところである。中国の人工知能学者と中国のSF作家陳楸帆がコンビを組んで送り出した『AI 2041 人工知能が変える20年後の未来』も人工知能と仕事の関係を考えるにあたって役に立つ一冊だ。人工知能学者が20年後の社会のリアルなシミュレートを行い、それに対してSF作家が生き生きとした物語に起こすスタイルで、教育や恋愛、兵器など無数のテーマで未来の社会をよく伝えてくれている。特に良いのは、短篇がどれもディストピアではなく、希望を持った景色をみせてくれる点だ。ここでもやはり、仕事がなくなった人達に対する尊厳、人生へのやりがいの問題が提起されている。22年の個人的なテーマとして、健康があった。僕も33歳となり、立派なおじさんであり、若くはない。そうなると当然、体に気を使う必要もある。ダニエル・E・リーバーマン『運動の神話』を読んで運動習慣の重要性と、週に何分、どの程度の強度の運動をするのが最適なのかの知識を得て、年末には『科学的エビデンスにもとづく 100歳まで健康に生きるための25のメソッド』を読んで食事の改善に取り組んだ。どちらも情報が詰まっているだけでなく、モチベをあげてくれる本で、オススメ。関連して、フィットネスバイクを買って毎日漕ぐようにしたことで、22年は僕にとっては運動習慣がついた年となった。先日健康診断を受けたのだが、一年で体重は8〜9kg減で、腹回りも3センチ以上縮んでいた。前回の読書家に向けたフィットネスバイク布教記事を書いたあとzwiftとも連携できる新しいバイクを買って漕いでいるのだが、より運動生活が充実していきそうで、今から2023年が楽しみである。
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ゲームや配信が充実した年だった
今年発売されたゲームの中で一番印象に残ったのはやっぱり『ELDEN RING』だった。広大なフィールドに放り出され、好奇心に突き動かされてフィールドを移動するうちに強敵と次々出会い、何かが手に入るから──などではなく、ただこいつを倒したい! というドラゴンボール的価値観でもって戦い続ける日々であった。もう一つ、僕にとって忘れられないゲームだったのがLeague of Legendsという昔からあるMOBAゲー。僕は2021年にポケモンユナイトにハマり、その後ポケユナに飽きてスマホMOBAゲーを転々として、最終的に2021年のLoLの世界大会を見たことがきっかけとなってLoLに手を伸ばした。このLoLというゲーム、自分でプレイするのもめちゃくちゃにおもしろいが、何より人がやっているのを見るのがおもしろい。
ずっとLoLの配信を見るようになり、世界大会や日本のリーグ戦もかじりついて見るようになった。自分にとってはeスポーツ観戦という、新しい趣味がよく根付いた年である。2022年はストリーマー界隈でも徐々にLoLが流行りだした年で、k4senや釈迦を筆頭に日夜LoLカスタムが開催されるようになり、昨年12月にはその集大成として横浜アリーナでストリーマー同士の試合も展開される(the k4sen)など、LoLの盛り上がり的にいい年だった。2023年は、もっとLoLのランクを回すぞ。
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アニメなど
『ぼっち・ざ・ろっく!』と『サイバーパンク: エッジランナーズ』の二作が最も印象に残ったアニメだった。どちらも観終えた後にずっとこの作品の位置が心の中でぽっかりと空白が残っているような深い余韻を残してくれる作品で、素晴らしかった。この記事を書いている今も結束バンドのアルバムを無限ループさせて聞いているし、エッジランナーズの曲も素晴らしいしで、音楽的にも生活の中心になった作品だった。www.youtube.com
おわりに
それとは別に、僕は22年に結婚&引っ越しをしたので、人生的にはこれが今年最も大きなイベントであった。婚活をしていたわけでもなく、5年以上付き合った相手との結婚なので特に予想外のことなどはないが、結婚してよかったなあと素直に思える日々。23年以降も粛々と生活を行っていきたい。
2023年の2月には僕が3年以上に渡って書いてきたSF入門本もようやく出る(書影が出てないので正式な告知はもう少し先になりますが)。その作業が佳境に入っていたために22年は例年と比べると本が読めない年だったのだけれども、それでもおもしろい作品にたくさん出会えてよかったな。本も書き終わったので、23年は22年以上にたくさん本を読んでゲームができる年にしたい。あと、頭がすっきりしたのでSF紹介動画を作ってみたりとか新しいことにチャレンジする年にしたい──あたりが2023年の当座の目標。まずは、本をきちんと世に送り出さねばね……。