タイトルが前作と似ているが、同じ町が舞台など、内容に直接的な繋がりがあるわけではない。ただ、自由を求める人達、自由の旗印のもとに自分たちの意見を強引に押し通そうとする人たちが社会を歪めていった過程を描くという意味では、テーマが連続している。本作は、ヒーリング、祈りなど、普通に考えたらそれで治るはずがない手法が「病気を治すための唯一真実の治療法」であると売り込み、実際にある程度成功した人々を描き出す、トンデモ医療についての一冊だ。そして、著者によればそうしたトンデモ医療が受け入れられてしまう土壌がアメリカにあったことで、新型コロナウイルスで他国と比べてもたくさんの犠牲者を出すことに繋がったという。
本書はトンデモ医療に目覚めた人たちの〝覚醒〟の瞬間を描き出す章から始まり、筆致も相まってその部分は笑えてしまうのだが(現実に被害者が生まれるわけなので笑い事ではないのだけど)、次第にそれがいかにアメリカを蝕んでいったのかが明らかになるにつれ真顔に引き戻される。アメリカで何が起こっていた/いるのか? を知ることができる一冊であり、ここで描かれている事態は日本で進行してもおかしくない(というか、部分的には進行している)ので、備えにもなるはずである。
〝覚醒〟の瞬間
さて、先に書いたように本書の第一部は各トンデモ医療界の著名な人々の〝覚醒〟の瞬間から始まる。第一章で取り上げられていくのは、サウスダコタ州に住むラリー・ライトルという歯科医の男性だ。彼はある種のヒーリングに目覚めてしまった男性なのだが、その最初の兆候に気づいたのは農園で育った少年時代だったと語る。
彼は父のナイフを持ち出して木を削っていたが、手がすべって脚に深い傷を作ってしまう。彼は両親に黙って塩の含まれた井戸水で傷の手当をしたが、その傷は一晩で治ったのだという。そして、次のように考えた。『「どうしてあの傷は一晩で治ったのかと、よく不思議に思ったものだ。今ならわかる」何年ものちに彼は書いた。「エネルギーのおかげだ」』(p22)。ライトルは歯学部を出て歯科治療を行いながらも、普遍的なヒーリングの光があらゆる生き物を満たすと〝覚醒〟した。
この普遍的エネルギーは自然治癒からダウジングに至るあらゆるものの原動力となりうる、とライトルは信じるようになった。彼は、この古代の力を操って、すべての人間により良い健康を享受させるようにその力を集束させる医療機器の開発に取り組みはじめた。
ラリー・ライトル──コーチ転じて歯科医転じて市民リーダー──にとって、ヒーリングの光こそが〝唯一真実の治療法〟だった。(p23)
といってライトルの第一章は幕を閉じる。そして第二章では自作のハーブ薬こそががんでもあらゆる病を治すと信じるトビー・マッカダムの覚醒エピソードが語られていく。トビーは近代医学は人間の体にとって害をもたらすとして自分の母親に自作のハーブを渡し、母もそれを受け取ってあなたには人を癒せる力があるのよ、絶対やめないと約束して、と優しいことを言っていたが、結局母はそのハーブを飲まずに脳卒中で亡くなってしまう。トビーは、ハーブを服用してくれていたら母はその後何年も生きていたはずだと考えるようになり、ハーブ薬信奉に〝覚醒〟する。
いまわの際に、フランシスはトビーに新たな生きる目的を与えていた。彼、トビー・マッカダムは、自分のハーブ薬こそが、〝唯一真実の治療法〟であることを悟ったのである。
飲まなかったのに悟るなよ! と思うのだが、このレベルのトンデモ代替医療覚醒エピソードが連続していく。ヒルが唯一真実の治療法だと信じた女、神が病気を治してくれるのだから、祈りこそが医学に勝ると信じ布教に走った夫妻、果てには自分がアンドロメダ星雲から来た古代のエイリアンの神なのだと語るトンデモ白人男性ジム・ハンブルまで現れる。彼はミラクル・ミネラル・ソルーション(MMS)と呼ばれる自作のドリンクこそが〝唯一真実の治療法〟だとして世に打って出る。
まさに世は大トンデモ医療時代! とでもいうべき状況である。
トンデモ医療アベンジャーズvs国家機関
そうしたトンデモ医療に目覚めた人たちはそれを他者にまで布教しはじめる。トンデモ医療を広める人は昔から多くいたが、現代は治療師たちがインターネット経由で直接大衆と繋がるようになったことで、より広まりやすくなってしまっている。もちろん、トンデモ医療の布教に対抗するための手段もある。資金力のある機関の一群がそれで、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)や、FDAなどである。
実際、FDAはトンデモ医療の提唱者を追い詰めてきた歴史と実績がある。だが──そう簡単にうまくいくわけではない。先に述べてきたトンデモ医療アベンジャーズはみな何らかの形でFDAや警察の調査を受けるのだが、反省しますとかもうしませんと何度も繰り返して業務をし続け、マンパワーに限界のあるFDAやCDCなど専門家たちも目立つ形で叩き潰して抑止するしかないと奔走する。その結果何が起こるのか?
そしてFDAと〝唯一真実の治療法〟側との戦いは、まったく別種の人々に思わぬ影響を与えることになる。反ワクチン運動家である。(p133)
と、ここで驚くべきことに反ワクチン運動家をはじめとした〝医療の自由〟思想の信奉者たちに話が繋がるのだ。反ワクチン運動家らは2000年代初頭、資金不足やその影響力不足に悩んでいた。一方、〝唯一真実の治療法〟勢力はインターネットを背景にその力を増し、両勢力は互いの保護と利益を目的に手を組めるのではないか──と考えるようになった。代替医療博覧会など数々のイベントを通して両勢力は接近し、〝唯一真実の治療法〟を売るバラバラの勢力だった人々は、声を一つにし始めた。
〝唯一真実の治療法〟の販売者が医療の自由推進派に変貌するにつれて、反ワクチン運動の中に残っていた過激派を歓迎する政治空間が生まれるという副作用が起きた。代替医療治療師たちと同様、彼らも議論の焦点を科学からアメリカ人の選択の自由へと移すことを熱望していた。そして、ワクチンが予防する伝染性疾患への対策として、〝唯一真実の治療法〟を積極的に取り上げた。(p136)
医療の自由が推進されれば、〝唯一真実の治療法〟にとっても反ワクチン運動家にとっても渡りに船だ。自分たちの意見を自由に布教することができる。反ワクチン運動家は、そのうえ、ワクチンを打たない場合の医療手段として〝唯一真実の治療法〟を利用するようになり、両者は最悪の形で手を組んでしまう。
おわりに
どんな状況やねん、という感じだが、話はこれで終わらない。リバタリアンが代替医療産業の政治力を吸収し、医療の自由を求める声が共和党主流派にも影響するようになった。選挙で選ばれた政治家たちが怪しげな医療運動を支持しはじめたのだ。
これがだいたい2000年代の話だが、ではそこから20年をかけてアメリカと代替医療界隈の状況はどのように変わっていったのか? なぜアメリカではこんなことが起こってしまったのか? ラリー・ライトルをはじめとした〝唯一真実の治療法〟勢力は逮捕されなかったのか?──といった問いかけへの答えは、実際に本書を読んで確かめてもらいたい。これは現実の話なのか? と疑りたくなる話の連続である。
下記は前作のレビュー。こっちも傑作。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp