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何千時間も使って未解決事件を解決しようと奮闘する人々──『未解決殺人クラブ~市民探偵たちの執念と正義の実録集』

市民探偵というと日本でイメージとして上がるのは毛利小五郎(with/江戸川コナン)か金田一あたりだろうが、実は世の中には多種多様な市民探偵が存在する。

事件現場にかけつけたり、たまたま居合わせたりして事件を解決するのではなく、市民探偵の多くはインターネットで公開された情報を集め、フォーラムで議論をしながら事件解決への糸口を探す。やっていることは地味な行為の積み重ねだが、解決にあたって重要な役割を果たすことも多い。確かに彼らも市民探偵なのだ。

その執念の凄まじさは、おそらく多くの読者の想像を超えたものだ。たとえばテネシー州の元工場労働者トッド・マシューズは、両目を失い腐敗した状態で大きなバッグに入れて放置されていたことから「テント・ガール」と呼ばれていた身元不明の女性を、11年にもわたって調査して、最終的にはついに彼女の身元を発見してみせた。連続殺人鬼の正体を暴き出すことに熱中するあまり郡保安官事務所に侵入し書類を盗み見した二人組もいれば、何千時間もかけて身元不明の犠牲者の顔と行方不明者リストを突き合わせる人もいる。掲示板での議論が白熱し関係ない人間を犯人と名指ししてしまい、その家族も含めて追い詰めてしまったひどいケースも存在する。

というわけで本書『未解決殺人クラブ』は、そうした市民探偵たちの活躍(光もあれば、闇もある)を描き出した一冊だ。市民探偵をやるにあたっての注意点に触れている箇所もあるので、本書を読むと自分でもトライしてみたくなるだろう。

サイバー探偵のパイオニア

様々な市民探偵の姿が紹介されていくが、(本書の中で)代表的な例といえるのは、身元不明の犠牲者の身元を明らかにする作業だ。先に挙げた「テント・ガール」を追うトッドも、そうした作業を行う一人。テンド・ガールが発見されたのは1968年のことだ。トッドはその事件を20年近く後の1987年になってから死体の目撃者であった彼女の父親から聞いて、彼女の身元を判明させる作業にのめりこむことになる。

しかし先に11年かかったと書いたように、その道のりは簡単なものではない。検視報告書など、手に入るデータはすべて精査した。何度も何度も現場に足を運び、警察署や新聞社に行き、住民、記者、警察官に取材を重ね、時には葬儀社にまで行くこともあったという。結婚に暗雲がたちこめるほどそうした執念の調査を何年も続けた後、1997年にはダイアルアップ接続のインターネット回線をしいて、Yahoo検索で行方不明者の情報を何十時間も検索し続けた。最終的にインターネットの検索作業が実るのは1998年のこと。テントガールの特徴と一致する女性の行方不明情報を入手し、その情報の発信者とコンタクトをとって警察を動かし、DNA鑑定にまでこぎつけたのだ。

彼の11年にもおよぶ執念の調査はついに答えにたどりつき、彼はサイバー探偵のパイオニアとして一躍有名人となる。物語はそこで終わらず、アメリカ政府は彼を全米行方不明者・身元不明者システム(略してネイムアス)の設立者兼共同運営者として2007年に雇用し、その後も多くの身元確認に関わってきた。

Web探偵

トッドは特異点のような個人だったが、インターネット時代がくるに従ってWebの集合知を使ったWeb探偵たちも現れることになる。たとえば、犯罪関連フォーラム『Websleuths.com』では、20万人もの登録会員がオンライン上で未解決事件や行方不明事件の解決に取り組んでいる。人数が人数なのでおそらくほとんどの職業がここでは網羅されているはずだが、具体的には看護師、医師、外科医、定年退職した警察官、心理学者、インクの専門家など、専門的知識を持った人たちが揃っている。

世の中には多くの未解決事件があるので、こうした犯罪関連フォーラムでは事件ごとにスレッドが立って議論が起こる。たとえばある少女が自宅の地下室で死体で発見された事件(ジョンベネ事件)では、死体の発見前に両親にたいして身代金を要求する長い手紙が届いていた。死んでるのに身代金要求の手紙が届く? それも死体が地下室に? かなり不思議な事件だが、Websleuthsでは、筆跡鑑定のエキスパートにしてサイトのメンバーであるティナ・ウォンに身代金要求の手紙の筆跡鑑定を依頼し、その筆跡が死んだ娘の母親の筆跡と一致(280箇所も)することを突き止めている。

ようするに、母親が娘を誤って殺してしまって、それを隠すために他殺を装った、と推測されている。とはいえ、現在のWebsleuthsの所有者兼管理者は、犯罪を解決するのは法執行機関の役割であり、Websleuthsでやるのは、各メンバーがその専門性を使って証拠をまとめて、捜査官や未解決事件の解決に役に立つ情報を警察に提供するまでだと語る。噂話は禁止、名前は書き込まない、侮辱行為なし、事実を追い求めるというルールを徹底し、新しい管理者(現在10人しかいない)メンバーを入れるにあたっては徹底的な確認作業を行って、書き込みをモデレートしているという。

市民探偵の負の側面

「徹底的な確認作業を行って、書き込みをモデレートする」ということは、それをしないと市民探偵の集まりは時にマズい事態を引き起こすことを意味している。たとえば容易に想像できるだろうが、誰が容疑者なのかを議論するスレッドで、「◯◯が怪しい」と誰かが書き込んで、大勢が同調したとする。正義に乗っかった人々はその◯◯が犯人だと決めつけ、ネットで突撃し、場合によっては住居にまで押し寄せるだろう。実際、そうした市民探偵の暴走といえる事例もいくつも起こってきた。

その好例が、2013年のボストンマラソンのテロ事件で起こった魔女狩りだ。事件直後に犯人を見つけようとインターネットの市民探偵たちが動き始めたが、特に人が集まったのがソーシャルニュースサイトのRedditだった。「ボストン爆弾犯を探せ」のスレッドには数千人が参加し、現地の大量の写真が投稿された。素人の分析屋がそうした写真を漁りながら、レースに集中していないかのように見える人物をマークし、彼らが何か別のものに気を引かれていたのではないかと邪推した。中でも、重い物がはいっていそうなショルダーバッグを持った男、黒いバックパックを背負っていた男の二人が怪しいとされ、それがニューヨーク・ポスト紙にまで掲載されてしまった。

この二人は何の関係もない無実の人間だったが、インターネット上では彼らが犯人だと決めつけた人々による悪意に満ちた脅迫が撒き散らされ続けた。そのすぐ後、ボストン爆弾犯の容疑者として強く疑われる二人の画像がFBIによって公開されたが、今度はその片方と似ているとしてスニール・トリパティという人物の名前が挙げられ、これまたまったく無関係だったが次なる標的として血祭りにあげられてしまった。

本人だけでなく家族への誹謗中傷も次々と行われそれに踊らされたテレビクルーも自宅に押しかけた。結局それが致命的な大誤報であることはすぐに明らかとなるのだが、これは多数の経験不足で慎重さもないインターネット探偵らがもたらす負の側面をよく現している。結局スニール・トリパティはもともとうつ病を患い1ヶ月前から行方不明になっていた人物で、最終的には川で死体で発見されている(おそらく自殺。ただし、時間的にネットの狂騒を苦にしての自殺ではなさそうであった)。

おわりに

下記はまた別の市民探偵の正義の暴走にたいしてのトロント警察殺人課の元刑事マーク・メンデルソンのコメントだが、非常に重要なことをいっている。

「テクノロジーの危険のひとつは、世界中の何百万人もの人たちが、今やスーパー探偵になっているということです」と、マークは説明する。「殺人について読み、犯罪ドキュメンタリーをテレビで鑑賞すると、すぐに検索をしはじめます。(……)疑問なのは、導き出された結論をどうするのかということです。危険なのは、それぞれが、あるいはグループで何かをすることなんです。理想としては、その情報を警察に届け出ることなのですが」*1

「正しく」市民探偵でいることは難しいことだ。最初に紹介したサイバー探偵のパイオニアトッドも、「テント・ガール」事件を最初に解決した時、いきなり親族の姉に電話でコンタクトをとってしまったが、その後それはするべきではなかった、まず警察に連絡すべきだったと語っている。事件解決には順序があるし、称賛されることを期待するものでもない。インターネットで正義を振りかざすことはとても気持ちのいい行為であることには違いないが、しかしとても重い責任を持つ行為でもある。

インターネット時代にどう振る舞うべきなのかも考えさせてくれる、素晴らしいノンフィクションであった。

*1:ニコル・ストウ. 未解決殺人クラブ~市民探偵たちの執念と正義の実録集 (p.276). 大和書房. Kindle 版.