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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

1000ドルゲノム: 10万円でわかる自分の設計図 by ケヴィン・デイヴィーズ

もし10万円で自分のDNA分析を受けることが出来て、なおかつ癌の発生可能性やアルツハイマー、パーキンソン病などが発生しやすいか否かを予め知ることができるとしたら、多くの人がまあやっておこうかな、一回でいいしと考えるのではないだろうか。実際、今はまだ1000ドルで自分の全ゲノム解析が行えるところまではきていないが、技術は日々進歩しており市場的な価値も見込めることからもうすぐそうした状況が到来しそうである。» イルミナ、1,000ドルゲノムを確立 本書『1000ドルゲノム: 10万円でわかる自分の設計図』はそうした変わりつつあるゲノム解析市場がどのように立ち上がって、どのように発展していったかを追ったノンフィクション本。

実際問題ゲノム解析をやったからっていって、どの程度病気の可能性などがわかるの? とか、ゲノム解析に一般人が手をだすことによる問題点は? どんな技術的な方法と課題があるか? ゲノム解析が一般的になった社会はどう変わるか? などなど気になるところはいくつかあるが、こうした疑問点に一個一個答えていってくれる。注釈こみで500ページ近いなかなかの大著で全体的に丁寧だが、とはいえいくつか難点もある。たとえば原著の発行が2010年付近だった為にここで紹介され、解説されている企業のほとんどは吸収合併や倒産、事業の方針転換をはかっていて情報が古臭い。ふむふむ、そんな企業があるのかと思って読んでいったら「今はもう合併されてます」と注が入っている時のがっかり感。

ほとんど23andMeという業界最大手企業のパクリか下位互換サービスみたいなのばかりだったのでそれも当然というところ。23andMeについていえば、本書でなかなかに好意的に紹介されているこの企業も本書執筆時には病気の検査をそのサービスの中に含めていたが、今では米食品医薬品局の要請で絶賛サービス停止中である。ただし過去500年にわたってどのような祖先だったのかをたどる祖先検査サービスは現在も続行中。

日本語で検索したらかなり安っぽく誤字だらけで情報が全く更新されずリンクを押すと本家英語Web Siteに飛ばされるだけのクソサイトが出てきた遺伝子検査23andMeの日本語レポート・サービス | 遺伝子検査キット23andMeの日本語での検査結果レポートを表示するサービスです現状個人向けDNA解析サービスは23andMeが一手に引き受けていただけにこの停止はサービスを望む人間からしてみれば痛かっただろうし、23andMeのような部分的なDNA解析ではなく全ゲノム解析を目的とした完全アップデート企業であるイルミナのように後を狙う側からすればチャンスだろう。

そもそも問題がなければ米食品医薬品局(以下FDA)からのサービス停止要請も発生しないわけで、当然ながら遺伝子解析サービスにもいくつかの問題点が存在している。だいたいゲノム解析を一人一人個別にできたとしても、それぞれの配列の役割や組み合わせた時の機能としてわかっていることはそう多くない。ところどころ「関係があるっぽいぞ?」とわかるところはあれど、ほとんどは言葉の抜けた書物のようなもので意味を補完して埋めているにすぎない。ゲノム解析によって設計図それ自体は手にすることが出来ても、読むことはできない状況であるというのが一番適切な表現だろう。

当然ながら限定的にではあるがわかっていることもあるのだが。たとえばわかりやすくリスクが相関しており判断できるものとして代表的なのはアルツハイマー病だが、アルツハイマー遺伝子検査(APOE遺伝子検査)|~脳とこころの健康~ ひろかわクリニック(宇治駅前MCIクリニック)この病気はAPOE遺伝子を調査することでそのリスクをある程度は予測できるようになる。といってもすべてが決定付けられているわけではない以上、比較的相関が高い遺伝子だとしても「100%発症する」ことがわかるようなものではない。「リスクが平均と比べて2倍」とか「60%の確率で発症する」などの可能性としての話だ。

ただ一部の病気についてリスクが高いということがわかれば、定期的に検診を受けることで早期発見につながるかもしれないし、その病気に対抗する生活習慣を構築することでリスクに対して予め備えることもできるかもしれない。ただしこのリスク管理を「誰が適切に判断できるのか?」というところに問題の本質がある。「あなたはBRCAI遺伝子の変異を一個持っています」とする情報を正しく理解できなかったばっかりにあわてて癌に効果のある物を食べたり(乳がんに関連する遺伝子変異であるがリスクは高くない)、怪しげな民間療法にはまりこんでいってしまう可能性だってあるわけだ。もしくは「肺がんになる可能性が低いですね」などといわれたら安心してなんの検査もしなければ対抗策もうたなくなるような負の側面も考えられる。

本書の著者はやけに23andMeに好意的で「たとえリスクに過剰反応しても医者がそれを止めるだろう」といったり、誤った安心感を与えてしまうことに対しても「他のあらゆる診断検査でも偽陰性という結果が出ることはある。」などと反論しているが、うーんどうなんだろう? 正直「なんでこんなに肩入れしてんの? 金でももらってんのか?」と訝しんでしまうような擁護の雑さだ。たとえばさきも書いたように確かに手術とかそういう大規模なレベルになれば医者はちゃんと状況を検査してからやるだろう。ただしリスクに怯えるあまり日々の食生活から運動などの日常生活の変化や民間療法へ傾倒していくルートはこれじゃあ防ぐことは出来ない。また23andMeの体験者からの被害報告だって規制する側はあげられないといってのけるが、少しでも調べりゃあしっかりと「詐欺的に買わされた」という集団訴訟だって上がっているし、そうそう良い面ばかり見えるサービスじゃないよなあ。

ただ僕だって自分のゲノムがどうなっているのかは気になる。10万円でわかるんだったらホイホイ払うだろう。今はまだわかることは少なく、シロウト同然で会社で雑な研修を受けただけの遺伝子コンサルみたいなヤツのいうことをきくつもりはないが、今後個人向けのヒトゲノム解析が一般化してくれば研究も一気に進み、リスクを適切に評価できる人間も増えるだろう。遺伝子の作用が明らかになるに連れて医療の在り方が大きく変わることそのものに間違いはないと思う。今度は保険会社は顧客の遺伝子情報を求めるようになるかもしれないし(というかまずそうなるだろうな)、結婚相手の解析結果をお互いに見せ合ってリスク要因の検討をしたりといったことがありえるような未来になっていくだろうな。

長ったらしくて高いし古臭いが、まあなかなか面白かった。

1000ドルゲノム: 10万円でわかる自分の設計図

1000ドルゲノム: 10万円でわかる自分の設計図