基本読書

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老化は治療可能な病気である──『LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界』

この『LIFESPAN』は、老化の原因と若返りに関する研究者/長寿研究の世界的権威であり、同分野で50件に及ぶ特許を取得し10以上のバイオテクノロジー関連の企業の立ち上げに関わっている実業家でもあるデビッド・A・シンクレアによる、老化研究の最前線について書かれた科学ノンフィクションだ。老化はほとんどすべての病気の起因となるにも関わらず、人が老いるのは仕方がないことと諦められてきた。

だが、老化の原因に関する研究が進むにつれて、老化を遅らせ、最終的には老化を完全に止めることができるのではないか、という道筋が立ち上がってきた。著者は、人間の老化のメカニズムを解き明かし、その仕組み上、老化は治療可能な病であると宣言してみせる。今の先進国で長生きをするというのは、晩年の数十年については多くの病気に襲われ、放射線治療や手術を重ねて時間をかけて苦しみながら死んでいくというイメージが強い。『死すべき定め――死にゆく人に何ができるか』などの著作のある医師ガワンデは、『私達は寿命を延ばすことに成功したものの、そのせいで「晩年イコール医療を受けること」という図式を生んだ』と言っている。

だが、著者が目指しているのはそうした過酷な平均寿命の更新ではなく、健康寿命の延長だ。著者によると、老化は治療できる病であり、21世紀中に人は120歳、130歳まで当たり前のように健康に生きる可能性もあるという。人間での実験結果が少なく寿命をのばす手法について実証されている領域は多くないが、著者はわかっているかぎりで健康寿命をのばすために自身が実施していることも開陳してくれている。

 そもそも寿命の上限とは何だろうか。そんなものがあるとは思わない。私と同じ分野にいる研究者も多くが同じ意見である。老化は避けては通れないと定めた生物学の法則など存在しないのだ。存在するといい張る者がいたら、それは物を知らない証拠である。死ぬことが珍しくなるような世界はまだはるかな未来だとしても、死を先へ先へと追いやれる時代は遠からぬところまで来ている。

120、130歳まで生きるとなれば社会的にも大きなインパクトがあるわけで(たとえば、年金などの社会保障は現状の設計のままではとても成り立たないだろう)、そうした「人々の健康寿命がのびた時の社会はどうなるのか」についても本書では考察してみせる。老化研究というのはここまで進んでいるのか、と驚くのと同時に、将来的にというよりも「自分が」120、130歳まで生きることも可能かもしれない、と希望を持たせてくれる一冊で、今年最大級といっていいほどにおもしろかった。

なぜ老いなければいけないのか?

最初に重要なのは、「なぜ我々は老いなければいけないのか?」という問いかけだ。老化にはいくつかの特徴がある。DNAの損傷によってゲノムが不安定になる。染色体の末端を保護するテロメアが短くなる。タンパク質の正常な働きが失われる。幹細胞が使いつくされるなど……。もちろんこれらの問題に一つずつ対処できるのであればその方法でも老化を阻止できるかもしれないが、著者が主張するのは、そうした「老化に関する諸症状」のさらに上流の原因があるのではないかということだ。

著者は、その老化の上流の原因について、『老化とは情報の喪失にほかならない』という。我々の生体内には2種類の情報がある。ひとつは、デジタルな情報であり、DNAがこれにあたる。もうひとつの情報とはアナログであり、こちらはエピゲノムと総称されるものだ。我々の細胞一つひとつには同じ遺伝情報がしまわれているけれど、その細胞は何百もの異なる役割へと分化していく。そのプロセス全体を調整しているのがこのエピゲノムであり、これは親から子へと受け継がれるものの、DNAの文字配列は関わっていない。『ゲノムがコンピュータだとするなら、エピゲノムはソフトウェアだといえる。分裂したばかりの細胞に対して、どんな種類の細胞になればいいのかを教えるのだ。』というように、DNAとはまた別の役割を果たす。

アナログの傷なら直すことができるはず

その二種類が老化に関係あるの? と思うかもしれない。著者によれば我々は古いDVDのようなものであり、老化とはデジタル情報の劣化ではなく、DVD本体についた傷のようなもの=つまり、アナログ、エピゲノム情報の損失が老化の原因で、アナログ情報の劣化であれば回復することもできるという。それ(アナログ情報の劣化の修復)を可能にするのが、長寿に関連する遺伝子の存在だ。ヒトゲノムの解析によって、長寿に関連する遺伝子は20数個見つかっている。これらの遺伝子は体内で監視ネットワークをつくっていて、我々がどのような状況にあるのか(飢餓状態にあるのか、低体温の状態にあるのかなど)を検知し、それに対応して活性化される。

近年の研究によって、何が長寿遺伝子の働きを強めたり弱めたりすることに繋がるのかもわかってきており、それが要は老化の抑制=アナログ情報の修復につながる。たとえば、著者が主に研究しているサーチェインと呼ばれる長寿遺伝子は、細胞を制御するシステムの上流に位置していて、我々の生殖とDNAの修復を調節している老いに重要な役割を持つ。マウスを使った実験では、サーチェイン酵素を活性化することでDNAの修復が進んで、記憶力向上、運動持久力の向上、何を食べても太りにくくなる、という詐欺サプリメントの宣伝みたいな効用がでている(が、『ネイチャー』『セル』『サイエンス』といった一流の科学誌に掲載された研究成果である)。

また、サーチェインは進化の過程でNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)という分子を用いて仕事をするようになった。加齢とともにこのNADが失われ、サーチェインの働きが衰えることが、老いと老いに伴う病気を発症する大きな理由とみられている。そこまでわかっているのであれば、NADを補充してやれば、サーチェイン酵素が活性化し老化の対策になるのではないか──? と考えるのは理にかなっているだろう。これは少なくともマウスに投与した実験では全身の機能の保持をする劇的な結果が出ていて、著者はNADの前駆体(NADに変質する物質のこと)であるNMN(ニコチンアミドもヌクレオチド)のサプリメントを飲んでいると語っている。

もう一つ重要なのが、サーチェインをはじめとした長寿遺伝子の多くは、生体にストレスがかかると始動する共通点を持つ。たとえば、まず確実に寿命を延ばす方法として「食事を制限する」ことが紹介されている。マウスでは、幼児期に餌を制限されたラットのほうが、たっぷり食べて育ったラットよりもはるかに長く生きる。人間でも、1978年に100歳以上の住民が多かった沖縄で、沖縄の児童の摂取する総カロリー量が本土の児童の3分の2に満たなかったなど、食事に制限をかけることが寿命だけでなく健康寿命の延長に関係しているように見える事例が広く存在している。

おわりに

他にも、運動することがどのような理屈で我々の寿命をのばすのか。サーチェインを活性化させる化学物質について、まだ不可能だがこれから可能になるだろうこととして、老化細胞の除去、細胞のリプログラミング、免疫系を活用するワクチンなど、大幅に(場合によっては200、300年も)寿命を延長する技術について触れられていく。

まだまだ社会の多くは「老化は病気」であることを認めようとしない。死ぬのは癌や心臓病などの「死因」のせいであって、根本的な死因として老化は挙がらない。だが実際には老化の結果として癌や心臓病といった病気が現れ、治りにくくなるのであって、個々の病気を叩いて治すだけでは、健康寿命はのばせない。結局、「老化」をなんとかすることが我々の健康的な生を延長すること、そしてそもそもの寿命をのばすことにつながるのだ。老化を治療できる病気と捉え直すことで、未来の社会は今とは大きく異なった様相をみせるだろう。僕はどちらかといえば健康なまま無限に生きたいタイプの人間なので、ぜひそちらの方向に舵をきってもらいたいものだ。