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進化は偶然によって決まるのか?──『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

この『進化の技法』は、『ヒトのなかの魚、魚のなかのヒト: 最新科学が明らかにする人体進化35億年の旅』や『あなたのなかの宇宙』で知られる古生物学者・サイエンスライターのニール・シュービンによる、わかりやすい進化解説の本である。

ほとんどの人は生物が進化によってこれまで姿かたちを変化させ人間もその流れの中に位置する一動物であることは知っているだろうが、その細かな仕組み、仕様まで深く理解している人は多くはないのではないか。たとえば、通常生物は一足とびに進化するものではないと言われているが、世の中にはそうした状況を想定しないと説明がつかないように思えるケースもある。

たとえば鳥が飛行するための羽や、水の中で暮らしていた生物が陸で暮らすための肺などはその最たるものだろう。少しずつ羽が伸びていって、どこかのタイミングで飛べるような長さになった──と考えるのはなかなか難しい。短い羽があっても生存には役立たないように思えるし、そうすると生き残れなさそうだからだ。この考えは実際に、「自然選択は有用な構造の初期段階を説明するうえで役に立たない」として、古生物学者らからも自然選択の欠陥として挙げられていたことがある。

だが、実際にはこれはダーウィンから直々に反論がなされていて──と、進化が用いている技法、そのシステムが歴史含めて解説され、『私たちがこの地球上に存在しているのは偶然の結果なのか。それとも、ヒトを誕生させた生命史には何らかの必然性があったのか』という大きな問いかけにつながるテーマが立ち現れてきたりもする。

転用

最初の問いかけに戻るが、自然選択はきちんと有用な構造の初期段階を説明することができる。たとえば、陸上進出に際して重要な「肺」は、一足とびに変異で生まれたものではなくて、魚がもともと持っていたものだ*1。それが結果的には陸上で呼吸するために転用されるようになった。この、転用は進化のキーワードの一つだ。

陸上進出の際に起きた変容は、新たな器官の誕生を伴うものではなかった。そうではなく、ダーウィンが一般論として語ったように、「機能の変化を伴う」ものだったのだ。

同じことは飛行する鳥、羽の存在にもいえる。鳥を特徴づける羽毛、翼、空を飛ぶために特化した手首の骨などは、飛ぶためにデザインされているようにしか思えない。だが、すべては進化前の恐竜時点で徐々に獲得されていったものであることが化石を調べていくうちにわかってきた。原始的な種が5本備えていた指は数千万年のうちに3本指になり、中央の指が伸びて翼の基部になった。空を飛ぶことはなかったが恐竜の多くは羽毛をはやしていて──と、恐竜の想像図は昔と今では大きく異なっている。

革新的な機能のように思えても、その種、ベースとなるものはそのずっと前に撒かれているものなのだ。この事実は、進化の歴史をみるとあらゆる局面で現れる。

盗用

もう一つ、重要なキーワードは「盗用」だ。転用と同じやんけと思うかもしれないが別の言い方をすればコピーになる。通常ヒトや多くの生物種は細胞中に2セットの染色体を持つが、コピーエラーなどによってこのセット数が増えた個体が現れると、各遺伝子のコピー数が通常の2つを超えて4個やそれ以上になることがある。

この重複遺伝子は植物の世界ではありふれていて、ゲノムがまるごと重複している植物を繁殖させると、普通よりも強壮になったり美味になったりといった効果もある(余分な遺伝物質が新たな用途に使われるから、という説がある)。哺乳類などの動物では重複した染色体セットを持つ変異体が繁殖できることはめったにないが、カエルや魚の種には、3組以上のセットを持ちながら正常に繁殖できるものもいる。

進化は、定説では遺伝子に生じる小さな変異が積み重なって生まれるものとされてきたが、進化の原動力はこのようなゲノム重複にもある/あったのではないか、という大野乾による大胆な仮説もある。ある遺伝子が重複したら、それまでは1つだった遺伝子が2つ存在することになり、一方は変異せずに旧来の機能を果たし、片方は新たな機能を獲得することが可能になるからだ。『重複は、ゲノムのあらゆる階層における変化の基礎になりうる。有用なパーツがすぐに使える形で出現し、新たな方向への変化を受け入れる。古いものを利用し新しいものを創造するわけだ。』

遺伝子の重複はヒトの脳にも関わっている。ヒトの大脳進化に関わると予想される遺伝子のひとつにNotch2NLがあるのだが、これはハエから霊長類にいたるまで広く存在し多様な器官の発生に関わるNotchという遺伝子に似ている。で、Notch2NLが誕生したのは、霊長類の祖先が持っていた原初のNotchに重複が起き、そのコピーされた遺伝子があらたな機能を獲得していったからなのだ。

おわりに──進化は偶然によって決まるのか?

もうひとつ、「争い」については、ヒトがウイルスのような外部からの侵略者をゲノムに取り入れ、自分たちの生存のために利用してきた過程も語られていく。ヒトのゲノムの8%はそうしたウイルス由来の配列によって占められているという。

個人的に一番おもしろかったのは進化は偶然によって決まるのか? それとも、必然性はあるのか? という最終章付近の問いかけだ。世界には決まった物理法則があるので、空を飛べる形態と身体の素材は絞られるなど制限と制約があるから、特定の形に収斂していくものではある。だが、それはそれとして機能の転用と盗用の概念からみると、また別の「必然性」が浮かび上がってくる。『生命史のサイコロには重りが仕込まれていて、体づくりに関わる遺伝や発生の方式、環境の物理的な制約、そして進化史によって、特定の目が出やすくなっている。』のだ。

*1:ダーウィンの『種の起源』では魚の浮袋から肺ができたと書かれているが、実際には酸素の少ない淡水で肺呼吸を始めた魚が海に戻り、不要になった肺が浮袋に転用された、という流れが正しいらしい。どちらにせよ魚は肺or浮袋を持っているわけだけど