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基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

エピジェネティクス――新しい生命像をえがく (岩波新書) by 仲野徹

 生命科学の分野で今一番気になっているのがこのエピジェネティクスの分野なのだがまだまだ関連本が少ない。この前エピゲノムと生命 (ブルーバックス) by 太田邦史 - 基本読書 が出て、今回本書も出たのでだんだん出揃ってきた感はある。ハードカバーではそれなりに出ているんだけど(奇しくも同日に『驚異のエピジェネティクス〜遺伝子がすべてではない!? 生命のプログラムの秘密』なんて本も出てるし)高いと手も出しづらい。

 新しい科学的発見と浸透が起こっている時、出始めている時というのは、「現実の生活のなになにに繋がります!」とか「こんな実例があります!」というわかりやすさはない。代わりにこの後どんな展開をするのかわからない、よくわからないことが多いが、とにかく多くの発見が眠っていることだけはわかるものだ。エピジェネティクス分野はそういう「何かが起こるぞ」というわくわくさせてくれる状態にある。

 エピジェネティクスとは何なのか、説明するのがけっこう難しい。本書の言葉を借りれば『エピジェネティックな特性とは、DNAの塩基配列の変化をともなわずに、染色体における変化によって生じる、安定的に受け継がれうる表現型である』となる。しかしこれで一発で理解しろというのも難しいだろう。もう少し噛み砕くと、たとえば一卵性双生児であってもまったく同じ人間に育つわけではないし、三毛猫のクローンを作っても同じ柄になるとは限らない。

 ようはゲノムによって最終的なアウトプット形態が決められているわけではあるが、ゲノムだけで決められているわけではない、DNAの塩基配列が同一であるにも関わらずゲノムに上書きされた情報によって最終的な表現型に違いが出てくる──遺伝によらないこうした変化がなぜ起こっているのか、生命の根幹に関わる重要な部分で、それが多少なりともわかれば、それはすごく面白くて興奮することだ。

 で、実際どういうふうになっていて、どんなふうに驚きの事象なのかを理解するのに、結構面倒な基礎知識を頭に入れておく必要がある。たとえばあたりまえだけど細胞の核の中にはDNAがあって、アドニン、シトシン、グアニン、チミンという四種類の塩基の並び方によって決定されていて、「DNA⇒RNA⇒タンパク質」の流れで三次元的に情報が展開されていく──といったようなことだ。

 極々簡単にまとめてしまえば、DNA⇒RNA⇒タンパク質と転写、翻訳されていく中で「何が最終的にタンパク質に変換されて、何がタンパク質に変換されないのか」を決める複雑な因子が存在する。DNAが同じであっても最終的な形態が異なってくるのはこの抑制と活性化の起こるパターンが違うからだ。たとえばミツバチの社会では女王バチは身体の大きさも寿命も行動も通常の働きバチと全くことなるが、遺伝子の違いによるのではなく育てられ方、餌の違いに起因することがわかっている。

 ミツバチの幼虫にRNA干渉というタンパク合成を抑制する現象を用いて、特定の酵素の量を低下させ遺伝子発現を抑制させる現象を起こりにくくさせたところ、その七割以上が女王バチになった。対照実験として上記に関係のない、遺伝子発現に関連しない酵素の量を低下させた群は二割程度しか女王バチにならなかったのだという。これも完全に現象の理由が解明されたわけではないが、環境部分による発現の違いがある程度コントロールできているわけで、面白い実験だ。

 他にも医学分野での転用可能性についてなど様々に述べられていく。中味がややこしいとか、複雑すぎるとか、わかっていないことが多すぎると感じた人間へのフォローが最終章の方で執拗に入るが、こういう本をわざわざ好んで読むような人間には余計なお世話ではないかと思う。もっと読者を信用してもいいのでは。明快な具体例はあまりないが、それでも充分すごい事象が解明されつつあるということは、ちゃんと読めば充分わかる内容になっていることだし。

 最初にリンクを貼った『エピゲノムと生命』と比べると、本書の方がポイントを絞ってわかりやすく解説していると思う。説明の詳細さでいえば『エピゲノムと生命』の方が上だと思うので、まあお好みでどうぞといったところ。

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)