基本読書

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神を殺す銃──『ゴッド・ガン』

ゴッド・ガン (ハヤカワ文庫 SF ヘ)

ゴッド・ガン (ハヤカワ文庫 SF ヘ)

2016年に『カエアンの聖衣』が新訳、『時間衝突』が新版で出たばかりのベイリーだがそれに続けて日本オリジナルの短篇集である本書『ゴッド・ガン』まで出てしまった。そこそこ売れたからなのかどうかはともかく、ベイリーの短篇はどれも今読んでもおもしろい上に、破天荒で奇妙な作品が小説でも映像でも増えてきた近年だからこそ、ようやく受け入れられる土壌が世間に育ってきたといえるのかもしれない。

作品選定は訳者の一人でもある大森望さんが行い、全10篇のうち2篇は本書のために新訳が起こされている。神を殺せる銃をつくって撃ったらどうなるの? を短篇にしてしまった「ゴッド・ガン」のようにらしい作品もあれば、エルフやドワーフが出てくるファンタジー作品「災厄の船」、文字通りに脳みその競争を描いた「ブレイン・レース」、数百万年規模の時間スケールでの不死争奪戦を描いた「邪悪の種子」など、ベイリーの魅力が様々な面から堪能できる短篇が取り揃えられている。

10篇の紹介は大変なのでお気に入りの作品を幾つかピックアップして紹介しよう。

ゴッド・ガン

ベイリーといえば『禅銃(ゼンガン)』という人も多くいるだろうが、こっちは「神銃(ゴッドガン)」である。神のように全能な銃なわけではなく、「もし神が実在するなら、どうすれば神と接触し、さらには傷つけることができるのか」と問いかけたキチガイ科学者が「もし神がわれわれを創造できたのなら、われわれが神にやり返すなんらかの方法があるはずだ。神を殺すことさえできるだろう」と宣言してみせる。

さて、いったい神を殺す銃とはどうやってでき、どんな仕組みなんだろうか──というのが当然気になるところだが、ベイリーお得意のかっ飛ばし方で「神が物質を創造するために使った道具は光だった」というところから謎理論を展開し、あっという間に神を殺すスゴイ銃をつくりあげてみせる。そしてそれをいざ撃ったとき、果たして神は殺せるのか、神が死んだ世界はどうなってしまうのか──!? わずか15ページの短篇でここまで壮大な話を描ききってみせるのはあまりにスゴイ。どこへ行くのかと聞かれた男が『「神を殺しに」』と端的に宣言するのも抜群にカッコいい。

大きな音

宇宙で一番大きい音はなんだ? と問いかけそれを追求したキチガイの物語(またキチガイなのか)。特別なオーケストラを収集し、何もない平野に陣取り、とにかく凄まじい音を、音を超越した音を出そうとするのだが、この描写がまたふるっている。

 まず第一に、室内交響楽のように統制がとれていた。が、さらに重要なのは、オーケストラが生み出す音が、通常の音楽の限度を超えるほどの容量を持つということだった。それこそは超音響、超音楽だった。その巨大な音楽を聞くことは、まさしく超越的な体験だった。耳が聞くことのできる範囲を超えた大きさだったから、それを理解できるのは心だけだった。

心でしか理解できない音楽! ベイリーがここで終わるはずがなく、光速の概念さえも超越した驚異的な音楽的/宇宙的コミュニケーションを実現してみせる。

災厄の船

この短篇集では唯一のファンタジィ。災厄を糧にして走る〈災厄の船〉のエルフ一団と、彼らが奴隷として拾った人間との対話で物語が進んでいく。自らの力で自己創造に至ったと信じているエルフ達、ドワーフとの戦争、穀物が凶作でもうじき飢えに直面するという危機的な状況などなどが明かされ、最終的にはこの地球(地球だったんかい。重要な情報でないから書いているわけだが)の終末的な状況が提示される。ファンタジーなのに惑星の生死の問題になってしまうのはやはりベイリーか。

邪悪の種子

100万歳と主張する不死の異星種族がある時地球にやってくる。外科医のジュリアンはその不死者を分析し、不死を我が物にしようと画策するが──。不死争奪戦ともいえるが、中心になって描かれていくのは「不死を願ってしまう終わりなき欲望、その力強さ」だ。ジュリアンは冷凍睡眠までもを駆使して、不死を狙うが、そのおかげで作中の時間経過がサクサク進んでいくのが心地よい。『ロンドンは崩壊し、ふたたび興隆した。千年が過ぎ去り、地形さえ変わったが、湖にとって代わられた一時期をのぞいて、ロンドンのあったところには、つねに都市が立っていた。』というように。本短篇集の中ではいちばん好きな作品(「ゴッド・ガン」は評価不能)。

おわりに

ぶっ飛んだ問いかけを細かい理屈はどうでもええわいみたいなところまで推し進めてしまう短篇もあれば、見事にコントロールしてオチに収束させてみせる短篇も、なんだかよくわからんうちに終わってしまう短篇もあるが、その振れ幅の広さもまた魅力的だ。そんなわけで、ベイリーまだ読んだことない人にも、入門編として薦められる短篇集に仕上がっている(ただ、なんだこりゃ! と思っても責任はとりません)。

おっと、これだけは書いておかなくては。めちゃくちゃに表紙がカッコいいので、それだけでも本を買う価値がある。書影よりも圧倒的に実物がカッコいいぞ。