基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

矛盾に貫かれた国──『日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来』

日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来 上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来 上 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来 下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

日本‐呪縛の構図:この国の過去、現在、そして未来 下 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

日本とはいったいどんな国なのか。問いかけとしてはあまりにも漠然としてはいるものの、これに対して多くの人がそれぞれの答えを提出してきた。本書もその系譜に連なる日本論の一冊だが、筑波大学名誉教授、日本で40年を過ごし投資銀行家・経済評論家など様々な顔を持つR.ダーガート・マーフィーを書き手とし、その歴史的な経緯、”この国を呪縛する矛盾の構造”を中心として解き明かしてみせる。

そもそも憲法9条の「戦力の不保持」をまるで守っていないにも関わらず守っているかのような矛盾した態度をとっている時点で、この国の中心に矛盾がどっしりと腰を下ろしているのは明白だが、”いったいそれはなぜなのか”。”そうなったのはいつからなのか”、”矛盾がもたらしてきた力とその限界”を解き明かすためには、この国の歴史的経緯から紐解いていかなければならない──ということで、上巻をまるっと使い日本の成り立ちから江戸、明示、バブル期までをザザっと概観してみせる。

ちなみに本書は同名の翻訳単行本の文庫化だが、単行本刊行は15年で、東日本大震災後まで射程に捉えており、日本論としては新しく現在の姿を捉えている価値もある。歴史を語り終え、続く下巻では、経済と金融、ビジネス、社会的・文化的変容、政治、世界の中で日本の立ち位置を問い、と日本の構造をさまざまな側面から描き出す。歌舞伎や遊郭、JKリフレから鳩山由紀夫まで多様な論点を抱合した歴史の語り方、まとめ方がまたワクワクさせ、その後の政治・経済についても歴史を土台とした自身の仮説・考察を交えながらスリリングに展開させ、とこれがまーオモシロイ。

オックスフォード大学出版局による「誰もが知っておきたい」シリーズの一冊として企画されたそうだが、そのせいもあって日本のことをまるで知らないアメリカ人にとって「日本とはいったいなんなのか」の最新知識をわかりやすく簡潔にまとめて説明するスタイルで、日本で教育を受けた人間であってもその成り立ち、文化的変容の”何が凄くて”、”何が凄くなく”、”過ちはなんだったのか”という歴史を知らない/忘れてしまいつつある現状、日本人にとっても非常に重要な一冊となっている。

矛盾した国

日々日本で過ごしていると数々の理不尽や不可解な出来事にぶちあたる。

右派よりの政府が左派寄りの政策を実施しているのはどういうカラクリなのか。なぜ満足な給料も支払われぬ奴隷のような労働が罷り通り、過労死するまで仕事をしてしまうのかのか。他方、他国と比較しても過激なアダルト作品が蔓延しファッションなど型破りで反体制的な芸術が次から次へと生み出されていくのか。「建前」と、本当に信頼できる相手にしか漏らされぬ「本音」。もしくは「義理」と「人情」。

本書ではこうした日本に特有の精神性の源泉のひとつを、江戸時代の公的な組織のあり方と現実社会との「ズレ」、もはや用済みになったが立場だけはありその精神性をより硬直化させていく武士階級と、未発達ではあるが近代的な存在である資本家階級に変身しようとしていた商人たちとの間の大きな溝に求めている。形骸化する武士の美徳と躍進する商人の構図は安定した階層化社会徳川幕府自体の矛盾でもあり、その矛盾が大きくなりすぎた時、徳川幕府も次第に終焉へと向かっていく。

 その一方で、矛盾を認識することを断固として拒否する態度、つまりすべてが理想からは程遠いにもかかわらず、非の打ちどころがない状態であるかのように振る舞う傾向は重要な政治的意味合いを持っているのだが、それはしばしば見落とされがちである。それは日本をこれほど魅力的で成功を収めた国にさせた源泉であるかもしれない。だが、それは同時に私が前述したように、近代から現代にかけての日本の歴史で多くの悲劇を生み出す要因ともなった。なぜかと言うと、それは「搾取を行う側」にとってほとんど理想的な状況を作り出すからである。

日本で成功するためには”残業はしているけど実際にはしていないことになる”、”建前(残業してない)”、”本音/現実(残業している)”を矛盾と思わない能力にかかっていると著者は言うが、大半の状況ではまったくその通り。それに気づかないフリをすると空気が読めないとか理屈っぽいといった言葉で非難されることになる。一方で、矛盾がもたらすパワーもあり、たとえば現実は歌舞伎などの芸術作品においてなど豊富な素材を提供することにもなる。多様な論点と題材が入り交じる本書だが、その中心にあるのはこうした、矛盾した構図がもたらすパワーと制約である。

 日本の権力者層は、文化的な慣習のおかげで、国民が言われなくても望み通りに行動してくれることを期待できた。だがその一方で、何らかの手段を用いて「暗黙の現実」を国民に広く理解してもらう必要もあった。その中で最も重要な役割を果たしたのが大手新聞社、テレビ局、そして広告業界だった。

下巻ではオリンパスや東電のケース、日本の経済の停滞要因や政治的に重要なポイントはどこだったのかを概観していく。中でも特に、普天間基地問題、日米同盟の再交渉する目論見を持った鳩山由紀夫を敵として処遇すべきと決定した、アメリカ政府の対日政策を決定している「新世代の知日派」に関連した日米の力関係に関する著者の考察/主張がおもしろいのだが、そこは読んで確かめてもらいたいところだ。

おわりに

明快に個人の立場と主張を元にしているので、客観を離れた部分も多々あり、異論反論が出てくる(なぜか安倍総理の心中を断定しているエスパーじみた部分もあるし)のは当然で、その点を十分に認識した上であればその潔さがおもしろい(同時に、著者は相当日本や海外で発売された日本論を読み込んでいるようで、僕も読んだことのあるいろんな説・論が的確にまとめられていくというおもしろさもある。)。

また、日本は呪縛にとらわれている──、とはいえ、状況は概ねいい方向に向かっていると個人的には思う。電通の件や東電や東芝やオリンパスといった巨大企業の不祥事から度重なる女性差別といった事件が次々と明るみになると「この国は終わりだ」と思いそうになるが、これまで問題になっていなかったことが問題として処理されるようになっているのだから、大きな前進をしているには違いない。本書で無数に指摘されていく”矛盾”についても、日々問題として是正される方向へと向かっている。

大きな問題として残るのは周辺国家との領土問題。そしてアメリカとの主権と防衛をめぐる問題で、こちらは一筋縄ではいかない上に光明も特にみえないが、その解決のためにもあくまでも客観的に歴史を紐解き、落としどころ、”どこまで立ち戻るのか”を決めるほかない。巻末には文庫用に津田大介さんと著者の対談もあって、トランプ問題についてなども語り合っているのが良い。