- 作者: 池上永一
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2005/09/23
- メディア: 単行本
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表紙からてっきり真面目な物語が始まるとばかりに思っていたのだけれど、予想は裏切り期待は裏切らない凄まじい小説だった。テニスの王子様のノリを想像してもらえるとわかりやすいと思う。作中で主人公たちは凄く真面目にやっているのだが、読者からすれば常識を超えて何もかもが進行されるので笑いが止まらない。そしてあくまで真面目にやっているので物語としての面白さも持続している。最初っから最後までぶっ飛んでいるが故に何の違和感もない。これが作者の力量じゃなくてなんだというのだろうか。何もかもどうでもいい。ただ目の前に繰り広げられるアホな展開の数々に突っ込みも忘れてただ笑い転げるのみだ。この作品には何もかもがぶち込まれている。アニメゲーム漫画小説およそ現代のエンターテイメントをてんでばらばらにつぎ込んで拡散させたような作品だ。間違っても凝縮ではない。拡散だ。まさにハリウッドだ。三種の神器をふまえたRPG的要素、まるで格ゲーかと見間違うような格闘描写、皇位継承権を争う中国歴史的要素、SF心をくすぐる世界設定、アニメを彷彿とさせる、無駄のない、あるいは無駄だらけのセリフの応酬、週刊連載特有の一章ごとに魅力的な場面がある漫画的要素。池上永一のシャングリ・ラにエンターテイメントとしての隙が見えない! 帯に書かれている想像力の限界に挑んだ! というのはまったく誇張ではない。自分は別に小説を書く人間ではないからこんなことを書くのはなんだけれども、この人には絶対にかなわないと思った。こんなもの絶対に思いつかない。思いつけるはずがない・・・。もし仮に作家を志したとしても、この想像力を超えていく作品を作っている自分を想像できない。それぐらい凄まじい物語だった。
主要キャラクタの説明と物語の説明でも少しだけ書いておこう。こういった設定がダメな人は絶対に読まない方がいいだろう。
地球温暖化のため森林都市に生まれ変わった東京だが、要所たる空高くそびえたつ超巨大都市アトラスには限られた人間しか住むことができなかった。追い出された平民どもは怨磋の声をつのらせ、アトラスに武力で持って抗議する。そこに主人公たる國子が少年院から出てきて、反乱勢力のボスとして戻ってくる。
國子→主人公。得意武器はブーメラン。セーラー服が戦いの基本着衣。鞭も使用する時がある。格闘技関係の必殺技は真空飛びひざ蹴り。下ネタが大好き。変態。
モモコ→明るいオカマ。國子の親代わり。得意技は一本背負い。使用武器はブーメラン。國子にお父さんと呼ばれると、男の遺伝子が復活し亀仙人のじいさんのように突如筋肉が盛り上がってきて戦闘体型に移行する。凄くきもい。凄く変態。凄く下ネタが好き。
小夜子&美邦→美邦初登場時はいきなり牛車にひかれて登場するなど、異次元っぷりを示すもすぐに慣れる。美邦はウソをついた相手を残虐な殺し方で殺すのが趣味。小夜子は最初はこの作品でもトップレベルの変態だったのだがのちに登場するキャラクタの変態っぷりには劣ると見えてキャラ路線の変更を強いられる不遇なキャラ。ちなみに小夜子の得意武器はメス。
基本的に女性キャラクタはド変態である。恋の歌を歌うと子宮が疼いちゃうクラリスや、人がゴミクズのように死んでいくのを見ると興奮する小夜子と死ぬ間際でも下ネタを言い合う國子とモモコ。
さらに注意しておきたいのは、この作品には倫理感というものがまるで存在しない。人はゴミ屑のようにぽんぽん死んでいくし(その代りに名前が付いているような主要キャラクターは不死身のごとく死なない)金の単位は中学生かと突っ込みたくなるようなぶっ飛び方だし(20兆円とか普通に使う)最終的には核ミサイル500発が日本に向けて発射されそうになるなど、数についてはかなり適当に書いていると思われる。とにかくヤバい。男は基本ヘタレキャラで女キャラクターに逆レイプされるだけの存在である。それからこの世界ではオカマは厨性能を誇っている。物語はずっと面白いのだが、やはり拡散させすぎた感があり最終章、つまりまとめの部分は別に無くてもいいぐらいの空気感だった。だがそれ以外が面白すぎたので別に何の問題もない。無難にまとめたな、という印象。テニスだって途中手塚ゾーンとか一人でダブルスとかシンクロとか超絶に盛り上がる場面があったけれど最後はみんなで歌を歌って無難にまとめあげた、あれと似たような感覚である。
ここまでで充分ネタバレしているが、ここから本格的に内容に突っ込みを入れまくっていく。
のっけからの天才描写で圧倒される。イタタタタというよりもエェェェェエエ超すげええという驚きの方が強い。ライトみたいな超完璧タイプかと思いきや胸が小さいことを気にしていたりモモコさんが去って行こうとするのを止めるなど人間味あふれる。幼少のころより敵と味方を見ただけで区別するという異能力の持ち主。いったいどういう理屈で敵と味方を区別しているのかさっぱりわからん。美邦もよくわからん力でウソを見抜くし、こいつらが皇位継承権のある人間だからかもしれんと思ったが、別に草薙は敵と味方を見分ける力を持っていないし、ウソも見抜けないようなのだが。最初の10ページぐらいは普通の作品だと思っていたのだが、やけに個性的なオカマが出てきたあたりでおや・・!?と疑問がわき起こり、國子が本性を現した時点ですべてを悟ってしまった。特に國子なんて、未来を予知するわ神の声を聞くわでライトも真っ青の天才だと思ったのに・・・。
國子がドゥオモに戻ってから、いきなり政府軍から攻撃を受けるがあまりにもボコボコにやられていて心配になってしまう。というかそもそも政府軍は本気になったらドゥオモを一瞬で壊滅させられるだろうに、何故今まで手加減をしてきたのかがさっぱりわからない。しかものちに國子が草薙と接触した時に、反乱軍なんかに参加していると少年院にぶちこまれるぞ! と脅しをかけていたのだが、反乱に参加しているのに少年院に入る程度の罪で済むってどんだけ上から目線っていうか寛容なんだよ。政府軍からしてみれば反乱というよりも子供のお遊びに付き合ってやっているぜ程度の認識なのだろうか。
途中からお嬢様キャラクタが出てくる。炭素率操作マシンメデューサを開発し、経済戦争に明け暮れる。エコロジーとエコノミーがテクノロジーで融合してテコノロジーになった! ってなんじゃそりゃ! 何か間抜けだぞ・・・テコノロジー・・・。子供がいっているなら可愛いけどオトナがテコノロジーを連呼すると読んでいるこっちが恥ずかしくなってくる。
- 凄く不思議なブーメランの謎。
これは凄くおかしい。さも当然のように書かれているから当然だと錯覚してしまうがよく考えてもよく考えなくても凄くおかしい。何故この世界のブーメランは自立戦闘型の機械かなにかのように、絶対に自分の元へ戻ってくるのだろうか。凄く不思議だ。一度、ライフルでブーメランを狙撃して角度をかえて敵を狙っている描写があったが、それ以降ライフルなんて使わないのに、常に動きまわっている主人のところに忠実に戻ってくる。昔ブーメランの中に凄く精密な機械を入れて軌道計算をおこなうみたいな設定を漫画か小説家アニメかゲームで見たことがあるけれど、この本のブーメランにはそんなものは設置されていない。
おかしい部分はいくらでもある。炭素なんとかとかいう素材のせいで戦車をいともたやすくきりさいていくのだが、何で戦車はその素材を使っていないのだろうか。そしてその戦車をいともたやすく引き裂く武器は何故ブーメランでなければならなかったのだろうか。とても不思議である。まだまだあるぞ、不思議な部分。戦車を軽々と引き裂くブーメランだが、最後付近でモモコさんと涼子が対決した時に、涼子が乗るハーレーダビッドソンに向けてブーメランを放ったがハーレーに止められてしまっている。何故だ。戦車を切り裂くブーメランが何故ハーレーに止められてしまうのだ。技術か。凄い技術によって斬れないように受け止めたのか。恐るべし涼子。
- 軽さ
この世界では軽い物質が何よりも価値があるとされているが、軽いのは物質だけではない。人命も軽ければ、金も軽い。なにしろダブルヒロインの一翼をになっている美邦は平然と従者を何十人も殺すし、國子は國子でお得意の巨大ブーメランで恐らく何億もするであろう敵戦車を100台以上ぶっ壊す。何人死んでいるのだろうか。とにかくいっぱい人が死んで、兵器が景気よくぶっ壊れて人間もぶっ壊れているのでテンポだけは異常に良い。滅茶苦茶面白い。衝撃的な人命の軽さを表している一文がこれだ。
小夜子が十歩進むたびに十人が殺されていく。その圧倒的な強さに政府軍の兵士たちは舌を巻いた。
一歩に一人殺すってなんぞ・・・。圧倒的な強さとかで説明できるのか・・・。しかもスネークも真っ青の光学迷彩を使いこなす敵に対抗して、目をつぶって殺気だけを頼りに敵をほふっている。どれだけ無敵キャラなんだよ。この恐ろしい殺戮兵器に対して敵の兵士の一言
「座頭市みたいな女だ・・・・」
もう超えただろ・・・。座頭市・・・。目を閉じて死んだ娘を妄想の中であやしながら手りゅう弾を抜いてまわりを屍でうめながら進んでいく小夜子・・・。この場面を読んだ時の衝撃は計り知れない。というか全体的に計り知れない・・・。この一連の事件の中でいったい何万人の人間が死んだのだろうか・・・。特に美邦はひどい。一応最終的にはなんだかとってつけたように私が今まで殺してきたのは間違いだった・・と悔い改める場面があるけれど、あんたそれぐらいじゃ許されないほどたくさんの人間を殺してますから・・・!
金の価値がどんどん軽くなる。最終的に一兆二兆は当たり前。二十兆の取引で武器弾薬を買い込みラストバトルとしゃれこむのには笑ってしまった。国家予算・・!?
が出てくるのだが、その時の描写がどこかおかしい
力を持て余したモンスターエンジンが早く血で喉を潤わせてほしいと涼子の命令を待っている
ハーレーダビッドソンは人を殺す兵器じゃねーから! 乗り物だから! しかもそのあと従者がそんなものでお迎えにあがるなんて無礼だ! と当然のことをいったのにうるせー邪魔だ! とひき殺す。ハーレーダビッドソンは、この世界では兵器だったんだ・・。決め台詞がハーレーのマットレスにしてあげる、とかすげぇぜ! およそ尋常な精神で考えつくセリフじゃねええぜ!最終的には戦車を切り裂くブーメランを前輪で受け止めるし、この世界のハーレーダビッドソンは、われわれが住んでいる現実世界のハーレーダビッドソンとは全くの別物だという考え方をとるべきだろう。恐らくこの世界のハーレーダビッドソンといえば、人を轢き殺すための道具で、戦車よりも硬くてより驚異的な兵器として扱われているに違いない。世紀末になったらみんながハーレーにのって虐殺の限りを尽くすに違いない。おそろしやおそろしや・・・。
- キャラクターについて
やはりこの作品においては強烈な個性を放つキャラクターが物語に重要な位置を占めているのは間違いない。とことん全部書いていこう。
小夜子
不死身キャラクター。説明不要のド変態。つーかサヨコってサヨクをイメージしてるのかしらん。途中あまりにも強くなりすぎて政府軍に爆撃機で小夜子を中心として半径100メートル規模で爆撃を決意させる。実際実行にうつされて、爆撃をくらって吹っ飛んだものの対した外傷もなく復活。その後ハーレーダビッドソンに市中引き回しの刑に処され川に突き落とされるものの、爆撃を耐えきった女にそんなものが効くはずもなく余裕の生還を果たす。想像もつかないやり方で進化を遂げる。
机からメスを取り出すと、回線を切り落とした。次に小夜子は自分の左手首にメスを当てる。迷わずズバっと切って、上腕の神経を探り当てた。電子の速度を超えるには、魂の力しかない。小夜子は神経と回線を直接接続した。二百ボルトの電流が小夜子の体を走る。白目を剥いてのけ反った体が痙攣を起こした。
「あぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼっ」
凄い凄い。何がすごいって電子の速度を超えるには魂の力しかない! って断じきっているこの論理の飛躍が素晴らしい。この思考はトレースできない。しかもそれでどうするかっていうと神経と回線という絶対につながるはずもないものをつなげて、しかも難なく成功させてしまうのである。舌をまいたね、ここには。
武器はメス。じわじわと殺すのが趣味。武器はメスってんな無茶なと思ったが普通に闘っている。メスで相手を真っ二つにする描写があるのだが、これも理解不能。メスって医者とかが手術中に隣にいる助手に「メス!」といって渡されるあのメスじゃないのか・・!? あのメスじゃどう頑張っても人間は真っ二つにならないぞ・・・!? ハーレーダビッドソンと同じく、この世界のメスは多分伝説の剣みたいに凄くかっこよくて相手を真っ二つにするぐらいなんなくできる武器なのかもしれない。
最終的に知能はゼウスを上回り座頭市を超える能力を手にし、神経とパソコンをつなぐというわけのわからない動作によって神をも超える計算能力を手にした小夜子。恐ろしい、恐ろしすぎる。小夜子一人を止めるのに半径百メートルを爆破を上層部に決意させるなど、もはや扱いがゴジラ並である。爆撃されて、なおかつ吹っ飛ばされても平然と動き続けさらにはハーレーに市中引き回しの刑に処されて池に捨てられてもなお復活する小夜子は絶対に人間じゃない。最初に爆撃されて生きていたのだから、ハーレーに引きずりまわされて池に沈められたぐらいで死ぬはずはないと思うかもしれないが、その直前に精神的ダメージを致死レベルで受けているのである。両者があわさって凄惨さは爆撃された時以上のものになっている。
涼子
小夜子がこの作品ナンバーワン変態だと思っていたら、後半突然あらわれてしかも超重要キャラだったという涼子は小夜子に輪をかけて変態だった。こいつがあまりにも変態だったのでまわりの変態どもはなんだか相対性によってあまり変態に見えなくなってしまうぐらいである。
この国の王になれば、涼子は人を好きなだけいたぶることができる。一人、二人の悲鳴では満足できなくなっていたところだ。涼子は国民が憎悪と怨磋と嫉妬を自分に浴びせる未来を想像して、エクスタシーに達した。涼子は帝となった暁には、血と恐怖で即位を祝おうと決めた。一億人の悲鳴を子宮から呼び込み、卵巣で共鳴させる。一億人の老若男女と一晩で交わるにはこの方法が最も効率が良い。男は溺れさせ、女は嫉妬させ、子どもは惑わし、老人には腹上氏を与える。これほどの官能がこの世にあるだろうか。
ちょっとひいちゃうぐらいド変態である・・・(二回目)何なんだろうこれは・・・。ネウロでいう絶対悪とかいうレベルじゃないような・・・。もはや人類ではない。蟻だ蟻。しかも蟻の王様はまだ人類と交渉しようとしてくれているのに、こっちは純粋に人をいたぶるのを目的としているので全面戦争しか手がない。折衷案として、イケニエを差し出すという案も、この化け物には通用しそうにない。何しろ一人二人の悲鳴では満足できなくなっている。驚くべきことは、この思案を行った後に感情がたかぶって聖母マリアの歌を歌い出すことにある。キリスト教徒はキレていいのではないだろうか。あまりにもあっけなく爆破されてしまい、何だ呆気ないなと思ったら生きている。自分で完璧人間といっているが、まさにその通りで何もかもマスターしてしまう。それゆえに相手に敗北感を覚えさせることによってエクスタシーを覚える変態に成長してしまった。ちなみにこいつは百メートルを9秒で走る上に、それを流して走ったらしい。明らかに人類ではない。しかも相手の思考を読むことができる。政府軍に爆撃を決意させた小夜子にさえこう言われる恐ろしい化けものなのである。
この女を止めるには自分はあまりにも力不足だ。できる事は死ぬ直前に自分の腹をメスで切り裂き、腸を引きずり出して涼子の首を絞めることくらいだ。腸が引きちぎれても手を緩めてはいけない
肋骨を棘にして涼子の背中を突き刺してやらなければ、すぐに美邦は捕まってしまう。自分の骸を背中に担がせれば多少は負担になるだろう。それから怨霊になって涼子の子々孫々を祟り続ける。小夜子にできることはそれだけだった。
この文章だけでこの小説と涼子の異常性が際立つ。小夜子にできることはそれだけだったってさも当然のようにいうけどやること結構半端ないものだらけですけど・・・。まず前提として腸を引きずりだしたあともしばらく生きていないといけないし、仮に生きていられたとしても相手の子孫までたたらないといけないのである。この世界の人間には息子に罪はない! とか娘は何の関係もないじゃないか! という理論は通用しない。
ちょっともっといろいろ書きたいんだけどいくらなんでも疲れたんでここら辺で一旦やめよう・・・。気が向いたら続きを書こう。とにかく文句なしに面白かった。最強のエンターテイメント。