基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

どきどきフェノメノン/森博嗣

 「可愛いわね、先生は。可愛い目をしていらっしゃるわね。」
 彼らは僕には女生徒よりも一人前の女という感じを与えた。林檎を丸ごと齧じっていたり、キャラメルの紙を剥いていることを除けば。・・・・・・しかし年かさらしい女生徒の一人は僕の側を通る時に誰かの足を踏んだと見え、「御免なさいまし」と声をかけた。彼女だけは彼らよりもませているだけにかえって僕には女生徒らしかった。僕は巻煙草を咥えたまま、この矛盾を感じた僕自身を冷笑しない訳には行かなかった。
                                           (歯車/芥川龍之介)

 なんだかこの作品を読んでいて、何故自分が森博嗣作品が好きなのかの理由がようやくわかったような気がする。そんなこともわからなかったのか、と自分で自分にあきれ還るようなことなのだが、あまり物事を考えていないと思われる(客観視)のでどうしようもない。基本的に社会不適格者というか自分に正直に生きていて、正直な生き方を肯定するようなキャラクタが絶対に出てくるからかな。森博嗣自身がそんな感じだし、ああそういう生き方ってやっぱりアリなのね、と読んでいるとしみじみと実感するというか。正直に生きていいのね、と安心することができる。あとは強烈な自己肯定だろうか。たとえばこの小説の主人公は自分が音痴であることをまったく悔やんでいない。実際どうだか知らないけど。人間は歌を歌うために生まれてきたのではない! と断言している。尊敬だ。今度から自分も他人に歌を催促されたらそう答えてやろうか。何で今まで気がつかなかったのに、この作品を読んで気がつく事が出来たのかがとても不思議なのだが、たぶん主人公が森博嗣のイメージそっくりだったからだと推測する。死のう・・・と最初に考えはじめて次に連想するのが一番痛くなくて綺麗でカンタンで効率が良くて確実性が高くてコストがかからない方法を模索するあたり凄く森博嗣的だと感じる。しかもそこから電気イスという発想にたどり着き、何故かどうやって自作しようか考えている。とてつもなく変だと思う。

 いつもの森博嗣が書く小説というよりも、どちらかというとエッセイに近い感じを受けた。最近短くて単純化された森博嗣の小説を読んでいたからなおさらそう思うのかもしれない。とにかく無駄なことにいちいち突っ込んで、考えて、とりあえずの結論を出す。その繰り返しである。筆がすべるに任せたまま、といった感がある。意味不明なたとえをそのまま何かの結論に強引に結びつけて、しかもそれに対しての説明が一切なされないのもエッセイ風味だ。ああ、そもそもエッセイ風味だと感じる理由の一つが、主人公がとても森博嗣的だということにつながってくるのか。納得。この変わった女の子が森博嗣本人だと想像するとむしょうに面白い。どきどきフェノメノンというタイトルだけあって、どきどきする場面がいっぱいある。別に読者はどきどきしないが。どちらかというとどきどきというよりもにやにやである。にやにやフェノメノンである。にやにや。どちらかというと笑える寄りの作品であった。これもエッセイ風味である。この短い文章の中でいったいどれだけエッセイ風味! とかそれに類する言葉を言っただろうか。とにかくそういうものだ。