- 作者: 町田康
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2006/10
- メディア: 文庫
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面白すぎて
絶句した
──心の俳句
読んでいる最中は幾度も絶句し、読み終えた時は唖然とした。タイトルからして普通ではない。パンク侍。正直意味が分からない。パンクだけでも正直意味がわからないのにそのうえ侍である。帯を見てみると、長編時代小説とある。なるほど、時代小説なのかと納得する。しかし、パンクの意味はわからない。そして名前だけならまだしも、表紙である。誰だか分からないが(作者本人か?)ヘンテコでハイカラな衣装で、剣を持って憮然とした表情でこっちを見ている。
意味が分からない。いったいなんなのだこの小説は。そうして読み始める。最初の1ページ。それだけは、ちゃんとした時代小説なのかしらん? と誤解の生じる余裕があった。それから音をたてて常識というものが破壊されていき、小気味よい文体に翻弄され、無茶な展開の数々にげらげらと笑い転げ、先の読めない展開に戦々恐々とし、途中からがらりと変わった雰囲気にあっけにとられ、その一方で予定調和の性を感じ取り、誘導され、最終的にめでたしめでたし…かと思いきやそれさえもブラフだ。気がついたら読み終えて絶句している。まるで夢でも見ていたかのように唖然とする。
これは確かにげらげらと笑える本だ。しかしげらげらと笑えるところを含めて本書はいたって真面目な本である。笑える本が真面目な本ではないとは限らない。たとえばここには物語である以上、多種多様な人間が出てくるが、そのやりとりはどれもおかしい。自分が面白いと感じたのは、人の心の動きを全部会話でいってしまうところにある。たとえば人間といえば、人と話している時でも色々な打算、計算、とにかく口でいっていることが全てとはいえない。そういった曖昧なところを文学の人たちはいかに直接書かずに、表現しようとしているかに苦心しているように見える。つまり心の機微とかいったものを。
町田康はここで全部書いてしまう。これこれこういう理由で焦って、これこれこういう理由でやりたくなくて、と。とにかく全てが過剰であって、僕らの現実とは似ても似つかない。そこのギャップで笑う。誰も書かない、あるいは書けない部分をわかりやすくシンプルにして全部書いているのである。ここを隠して話の突拍子もないところなどを整理したら真面目な話になるのだろうが、そうなったらただの文学だ。いや、本来隠れている部分を書いているよりも、こんなことあるよね、こんな人間いるよねっていうのを過剰に演出しているのか。これは何も人間だけに限ったことじゃなくて、社会ってこうだよね、組織ってこんな欠点があるよね、民衆って愚鈍だよねなんていうことも凄い勢いでシンプルにしていく。何しろ全部言っちゃうから。
「違うんだよ。奴らはそれが合理的だから信じるんじゃないんだよ。奴らは自分が信じたい事を信じてるんだよ。おまえら全員アホだから死ぬまで無給で働け、といったら信じないよ。おまえらはそもそも楽して生きるべきでそれができないのは世の中が間違ってるからだ、って言ったから信じたんだよ。しかも茶山はそれを、いかにも聞いたことがあるような、口当たりがよい物語にくるんでお話するわけでしょ。一発だよ。楽勝だよ。だって相手、アホなんだもん」
このあたりは宗教について語っている部分である。そういえばオウム真理教では、高学歴の人間が数多く入信していることがあって話題となった。頭が良いのに何故こんな宗教なんかに…と多くの人が疑問に思ったが、それについてもばっさりと切り落としてしまう。
以下ネタバレしたりしなかったり。さらにぐだぐだと。
それから構成がまたうまくって、最後には本当に度肝を抜かれた。最初に出てきた父親と娘がいて、父親だけ殺されてしまったので絶対これ娘出てくるよーうわー気をつけなきゃーと注意して読んでいたのよ。普通そうだよね。明らかに伏線というか何かフラグ立ってるし。それが途中明らかに異常な事態が頻出して。つまり猿が喋ったり猿vs腹ふり党とか通常考えられない異常な事態が起こって正直一番最初のしょぼい娘のことなんかすっかり忘れてしまうぐらいにインパクトが強い事件が多くおこって。それでようやく戦争も終わったのかなんかして、わかりやすくフラグが立てられてたろんが現れたんだからこれはもうわかりやすい餌を目の前にたらされたら条件反射的に食いついてしまうのと同じように、ああこれで終わりだ終わり。と映画のエンディングロールを見ている感じで読んでいたらグサーッ! って! グサーッ! って! いやろん明らかに怪しかったしこれあの時の娘なんじゃねーのとかちょっと疑ったときも1秒ぐらいあったけどでも色々あったのちに安易な発想に飛びついてしまった自分をこのときばかりは恥じたね。
そんでもって明らかに後半、腹ふり党がその本性をあらわしたところからだけどガラっと雰囲気が変わって。地味にこんなとんでもない世界ありえない、みたいなテーマもにじり出てきてガンガン面白くなってきて今までギャグまんがの人間が死なないように、死なないと思ってた味方ユニットまでガンガン死んでいってどんどん寂しくなっていって最後に二人が一人になる。テーマとしても素晴らしくて、この世界が仮に仮想世界だったとしても、僕はこの世界で生きていかなければならない、僕はパンク侍なんだからってありきたりなテーマを示したあとのあれだからなあああ。たとえ仮想世界だからっていって何だっていいんじゃなくてゆずれねーもんだってあるっていう何かさらに芯がしっかりしていいね。有り得ないことがおこってるんだからこれはつまりあり得ないことが起こってもいい世界、つまり現実じゃないんだっていう不思議な少年じみたところまでの誘導が実に見事であった。最後の一文まで含めて最高だ。
空は美しく嘘くさかった。美しく、嘘そのものであった。