基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

完全教祖マニュアル

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

完全教祖マニュアル (ちくま新書)

 みなさんは、人に尊敬されたい、人の上に立ちたい、人を率いたい、人を操りたい、そんなことを思ったことがありませんか? でも、自分には才能がない、学がない、資産がない、そんなのは一部のエリートだけの特権だ、等と理由を付けて夢を諦めていませんか? 確かに、これらの夢を叶えることは非常に難しいことです。ですが、悲観することはありません。何も持たざるあなたにも、たった一つだけ夢を叶える方法が残されています。そう、それが教祖です! 新興宗教の教祖になれば、あなたの夢は全て叶うのです!

 これを読めばあなたも教祖になれる! というキャッチコピーが示す通り(そんなのあったか?)、教祖になるには何をどうすればいいのかを他の宗教を参考にして楽しく勉強しようという趣向なのが本書「完全教祖マニュアル」です。

 前著である「よいこの君主論」では、小学生がクラスで覇を唱えるまでのマニュアルでしたけれども両者で共通しているのは、「楽しく簡単に勉強しよう」という志ですよね。で「勉強が楽しい」と思える瞬間がいつなのかというと、勉強している知識を実際に使おうと思っている、つまりは目的が設定されている時だと思います。たとえば君主論を君主になるつもりもないのに勉強したら多分凄くつまらないんですよな。それと同じで、ただシンプルに「宗教を勉強するぞ!」と言われたら、なんか「えー」とか「うーん」とかいう気分になってきますけど(勉強してもなんかべつに利点がなさそうな気がするから)、「教祖になるために他の宗教から学ぶぞ!」ということになってくれば「ほお」とか「へえー」ぐらいにはなるんじゃないでしょうか。(なぜなら教祖になればお金もハーレムも思いのままだから)非常に親切ですね。

 楽しいだけではなく本書は非常にわかりやすくもあります。なぜこんなにわかりやすいのか? たとえば入門書とは名ばかりで専門用語が頻発し、著者の自己満足でしかない入門書も世の中にはたくさんありますけれど、そんな現象が起こってしまうのは、たぶんみんな自分が知っていることを、他の人がどれだけ知らないのかよくわかってないからなんじゃないかなーと思うのです。宗教の入門書なんて普通宗教の専門家しか書きませんよね? しかしこの「完全教祖マニュアル」の場合、巻末の参考文献を読めばわかりますけれども大量に宗教関連の本を読み漁っています。それがどういうことかというと、たぶん著者もあまり知識が多い状態から始まったわけじゃなく、つまり「完全教祖マニュアル」の売る対象者である「宗教をほとんど知らない人」とあまり変わらない立ち位置からスタートしたのではないかと。そうするとふつーの何も知らない一般人がつまずくところ、わかりづらいところがすぐにわかるわけです。勉強した時に自分がつまずいたところを気をつければいいわけですから。いや、ひょっとしたら元から専門家並の知識を持っていたかもしれないので全然違うかもしれませんけど、ただまあわかりやすいのは確かです。

 「反社会学講座」のパオロ・マッツァリーノなんかはよく自分の本の中で、「笑えねえ勉強なんかクソだ!」と言っていますが、本書は笑えるのでクソではありません。なぜ笑えるのかと言えば、理由の一つとして、教祖は本来的なイメージからすると「なんかよくわかんないけど怖い」とか、そんなものですが、そもそも教祖とは目指すものではない、勝手になっているものだという固定観念が多くの人にはあるんじゃないかと。だからこそ、そこを突き破って、「教祖を目指す」というギャップによって笑いが生じているのではないかと思います。「よいこの君主論」は「小学生が君主をかけて争う」というシュールさがギャグになっていましたが、こちらも負けていません。そういえば「よいこの君主論」は読んだ後の感想として、「そうはいってもこんな本を書いた著者は君主になってないじゃないか?」という疑問が沸きましたけれども本書ではその点が解消されていました。つまり、今回はちゃんと教祖になっているのです。教祖とは何かと言えば、本文中の言葉を借りればこういうことになります。

 教祖の成立要件は以下の二要素です。つまり、「なにか言う人」「それを信じる人」。そう、たったのふたつだけなのです。この時、「なにか言う人」が教祖となり、「それを信じる人」が信者となるわけです。

 「完全教祖マニュアル」という宗教書を作り、それを広く配布し、信じたものが一人でもいれば著者は教祖となるのです。ぼくが今読んで信じたので、晴れて著者は立派な教祖の一人になりました。しかし「なにか言う人」と「それを信じる人」という非常に単純な要素にしてしまうと、世の中なんでもかんでも宗教になってしまいそうですが、世の中なんでもかんでも実際に宗教と名前がついていないだけで宗教なので正しいのです。経済だって立派な宗教ですからね。紙幣っていう何の価値もない紙キレに価値を見出している経済宗教です。

 実際の内容はどうなんだよ、っていう話ですけれども、とっても面白かったです。なにぶんお題が教祖なので、たとえば「宗教を信じるような馬鹿なヤツらから金をせしめてうはうはする方法」のような心がドスグロくなってしまうような怪しげな戦法が伝授されるのかと思いきや、宗教の本質を「信じた人をハッピーにすること」としているので、「なんとかしてみんなでハッピーになる方法を考えようよ」っていう内容になっています。とっても平和でとってもいいと思います。たとえば寄付一つとったって、宗教団体にお金をいっぱい寄付している人たちを無宗教の方々は「騙されて可愛そう」とか思っている訳ですけれど、本人たちは「お金を寄付」することによってハッピーになるからやっているのであって、それで何の問題もないという考え方です。いっぱい寄付が集まったら教祖もハッピーで、信者もいっぱいお金を寄付していっぱいハッピーです。これぞまさに幸せスパイラル!

今回目次が充実していて、それを読んだだけで大体内容が分かるのではないかとおもうので公式ブログから転載しておきます。以下略
完全教祖マニュアルより

はじめに

序章 キミも教祖になろう!

教祖ってなに?/教祖はこんなに素晴らしい!/宗教って怪しくないの?/ホントに信者はできるの?

第一部 思想編

第一章 教義を作ろう 

神を生み出そう/既存の宗教を焼き直そう/【コラム】宗教の硬直化/

反社会的な教えを作ろう/【コラム】反社会的なチベット仏教/高度な哲学を備えよう

第二章 大衆に迎合しよう 

教えを簡略化しよう/葬式をしよう/現世利益をうたおう/

【コラム】創価学会と現世利益/偶像崇拝しよう

第三章 信者を保持しよう

怪力乱神を語ろう/【コラム】ハードコア無宗教/不安を煽ろう/救済を与えよう/食物規制をしよう/

【コラム】お肉だいすき/断食をしよう/暦を作ろう/【コラム】異常な宗教

第四章 教義を進化させよう

義務を与えよう/【コラム】悪人正機/権威を振りかざそう/セックスをしよう/

【コラム】ゆるゆる教祖生活/科学的体裁を取ろう/【コラム】宗教としての『水からの伝言』/悟りをひらこう

第二部 実践編

第五章 布教しよう

弱っている人を探そう/金持ちを狙おう/【コラム】お金を巻き上げる宗教/親族を勧誘しよう/人々の家を回ろう/コミュニティを作ろう/【コラム】いろんな宗教のコミュニティ/【コラム】イベントを開こう/宗教建築をしよう

第六章 困難に打ち克とう

他教をこきおろそう/他教を認めよう/異端を追放しよう/迫害に対処しよう

第七章 甘い汁を吸おう

出版しよう/不要品を売りつけよう/免罪符を売ろう/【コラム】免罪符でキミもマリアを犯そう!/喜捨を受け付けよう/あえて寄付をしよう/【コラム】イスラム教喜捨

第八章 後世に名を残そう

国教化を企てよう/【コラム】国教化の功罪/奇跡を起こそう/神に祈ろう

「感謝の手紙」

あとがき

参考文献