基本読書

基本的に読書のこととか書く日記ブログです。

『創るセンス 工作の思考』

 森博嗣さんはわたしが普段ぼんやりと、言葉に出来ないでいることをスっと言葉にしてしまって、考えもしなかったところにまで思考を推し進めてくれる。それも至極簡単そうに。今回はそんな森博嗣さんの工作論。実体験から始まって、最後には、わたしたちはなぜモノを作るのかという根源的な欲求にまで踏み込んでくれる。ちょー面白いです。

 前著である「自由を作る 自在に生きる」では「自由に生きることは楽しい」として、自由に生きる方法を説いていました。わたしたちは、知らないうちに周囲の色々なものに支配されてしまう。流行に、常識に、評価に、自分の思い込みに。なぜ支配されてしまうのかといえば、そちらの方が楽だからだ。でも「楽」だけど「楽しく」はない。「楽しい」のは、より自由になった時だ。そして、「自由」とは何だろうか。義務が無い状態ではなく、何でもしてよいと放り出された状況でもない。「自分の思いどおりになること」が「自由」なのだ。と、ここまでが、簡単な要約です。

 楽しく生きる為には自由であることだ、といったのが前著であるならば、この『創るセンス 工作の思考』が言っているのは工作をするのは、ものを作ることは楽しい、ということです。ものを作る過程でわたしたちは創造の領域に踏み込み、視覚的な思考、培われるセンス、技術を得る。しかしそれはどういったものなのか。工作をする上で必要な「技術」とは何か。

 そもそも技術の真髄というものは、文章で説明ができないものである。逆に文章化が本来できないようなもの、それこそが技術の核心的「センス」だともいえる。

 武道でも、華道でも、その技術というものは言葉にして伝えることは今のところ出来ていません。宮本武蔵が書いた五輪の書を読んだからと言って剣の道を究めることが出来るかと言えば当然そんなことはない。本書が伝えるのは工作の技術、工作のセンス、そういった数々の、言葉に出来ないもの。普通だったら難解な哲学用語に走るか、それともまったく説明できないかという方向に行ってしまう。森博嗣さんの凄いところはそれらを非常に抽象度の高い言葉で表現してしまうところにあります。「凄さ」だとか「神さま」だとか。ひとによって何通りも受け取り方が変わってしまうような単語を、わざと使う。でも本来それが正しいのだろうと本書を読めばわかるでしょう。現実はビジネス書や自己啓発書が教えてくれるような、単純な法則にしたがってはいないからです。「とにかく作りなさい」というのが本書の主張をシンプルにしたものだけど、そんなシンプルなことを伝えるのにも一冊本を描かないといけない。それでもまだ、ぜんぜん伝わらないのだ。だってそれは「センス」だから。でも本書はそれにチャレンジしている。あくまでも自覚的に。川を泳いでいるカモは一見優雅に泳いでいるようだけれども、水面下では足をバタバタと必死に運動させている。本書も同じかもしれない。だからこそ、面白い。わたしも、言葉を尽くしたいと思う。

 こういったことを分析し、言葉で表現した人はあまりいないだろう。言葉にすると、「神様」なんて滑稽な表現になってしまいがちだ。しかし、人に通じる言葉でなくてはいけない。恰好をつけるために書いているのではないのだ。言葉を尽くすことも、また工作と同じである。

創るセンス 工作の思考 (集英社新書 531C)

創るセンス 工作の思考 (集英社新書 531C)