いきなり内容に関係が無いタイトル語り
これはまずタイトルが素晴らしいですよ、といきなり本の内容とは関わりの無いタイトル語りから始まりますが、そうはいっても本を読む際に一番最初に読者がインプットする情報はこれはもうタイトルをおいて他にないわけです。本の内容よりも、本のタイトルの方が重要だといってもいい、それから作家名ですね、中をみなくても「絵柄」という判断基準がある漫画と違い、小説は一目みて判断するわけにはいきませんからね。要するにタイトルは重要で、この『百瀬、こっちを向いて』というタイトルが素晴らしい、ということがいいたいんですな。
まず百瀬という名前。加藤とか、零崎とかこの世の中には名前がたくさんありますけれども、「加藤、こっちを向いて。」だとなんか、え? って感じですよね? そう考えると、なかなかしっくりくる苗字ってないと思うんですよ。といってもあんまりたくさんリストアップして一つ一つ試したわけではないのでわかりませんが。しかし、百瀬というチョイスは素晴らしいです。そして次に「こっちを向いて」ですよ。向いて、とお願いしているってことは、つまりこっちを向いてくれていないわけで、事前情報なしでもこれが恋愛小説であることがわかる、素晴らしいタイトルですよ。
レビュー
四つの短編が収録されています。そのどれもが恋愛小説で、かといってありきたりな展開のものなど一つもなく、「謎」で引っ張るミステリィ的な構成をしています。物語の吸引力となっている「謎」はそのどれもが人間関係から生じる謎で、「この二人の関係はいったいどんなものなんだろう?」とか、「この人が隠していることはなんなんだろう?」という視点で書かれている。人間の心理をミステリィ的に解き明かしていく側面があって、ミステリィって、こういうこともできるのか、と感心しました。同時にこの作品が恋愛小説でもあるのは、相手の心理を解き明かしていく動機が基本的に恋愛感情で成り立っているからでもあります。状況を設定し、その中で動く人間達の心情描写を書くのが異常にうまかったです。「自分でも、この状況下はつらいだろうし、きっとこの人と同じように考えるだろう……」とこの本を読んでいて何度も思いました。
たとえば表題作である『百瀬、こっちを向いて。』では、偽りの恋愛関係を結ぶ男女が書かれます。主人公の冴えない男の子が、彼が尊敬する男の先輩の不倫がバレそうだったので、不倫相手(百瀬)と一時的に付き合っていることにされる、ちう展開です。冴えない男子は当然その疑似恋愛中に相手に恋をしてしまうわけであって、しかしそれは明らかに報われない状況。そもそも疑似なわけだし、相手は自分自身尊敬する先輩と付き合っていて、しかも不倫で、なんかもうぐちゃぐちゃ、どろどろ、勝ち目のない戦いに自分自身が情けなくてしょうがない。そんな主人公を見て、うんうんそうだよなと頷くわたし。同時に語られる未来の話では、大学に進学した冴えない男子と、お腹に赤ちゃんがいる先輩の本来の彼女が一緒に喫茶店で話している。え? いったいなにがどうなったらそういう状況へとたどり着くの? というのが、この短編のミステリィパート。
『百瀬、こっちを向いて。』が凄いところは、冴えない男子も、百瀬も、先輩も、先輩の彼女も、全員が全員それぞれの思惑を持って行動していたことが明かされる点です。全員の動機が、まるでパズルでも組むかのようにカチカチと組みあがって行って、最後にピースがハマる。そこを読んだ時は、鳥肌が立ったなあ。キャラクター一人一人の生かし方がもう、抜群にうまい。本書で一番良かったのは、どんなキャラクターにも明確な動機が設定されているような論理的な冷静さと恋愛特有の感情の流れをうまく組み合わせるような、そんな巧みさです。
- 作者: 中田永一
- 出版社/メーカー: 祥伝社
- 発売日: 2008/05/10
- メディア: ハードカバー
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