- 作者: 穂波了,Kanehira K
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/11/20
- メディア: 単行本
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ざっとあらすじを紹介する。
特に宇宙飛行士の月面探査中にウィルスの感染・発症が発覚する前半100ページは今年読んだ小説の中でもトップクラスの引き込み力で、そこで慣性をつけられてそのまま読み切ってしまった。物語冒頭はまず、栄光に満ちた人類のミッションから始まる。月面を調査するオリオン計画として、5人の宇宙飛行士が月を訪れるのだ。
さすがにアポロ11号の頃から技術力も格段に向上しており、危なげなく月面に降り立った飛行士らだが、サンプルリターンを持ち帰るための作戦二日目にして、乗組員の一人のエドガーが突然の吐血、そして急死する謎の事象が発生する。同じく月面にいたもうひとりも数分後に同じ症状をたどり、『人類が二人しかいない月面で何が起こったのか。原因は完全に不明。』とNASAに衝撃が走る。
はたして月面で何が起こったのか!? 原因がわからず、クリティカル・ハザードに相当する事態ということでミッションには中止が言い渡されるが、それを本船で待機していた残り三人の宇宙飛行士らは拒絶。原因究明のためにも捜査の継続を申し入れ、彼らは月面に着陸するのだが、死体を回収して明らかになったのはエドガーとフレッドの症状がどうもウィルス性の出血熱の症状に似ているという事実だった──。
このへんの「いったいなぜ突然月面で二人は死んでしまったのか?」というくだりは一直線にウィルス感染に結びつくわけではなくて、他の可能性はないのか? たとえば殺人の可能性は? ウィルス感染だとして、地球にいたときから感染していた可能性は? はたまた、NASAがグルになってそれを実行していたのではないか? など無数の可能性が検討されていくのはミステリィ的におもしろいポイントである。正直、最初このへん読んでいて清涼院流水『コズミック』が頭によぎったから短い議論の中で早々に『コズミック』路線の推理が潰された時は笑ってしまった。
月でウィルスに感染するなんて現実的にありえるの? とか細菌の可能性はないの? とか月面探査ミッションの描写、NASAとのやりとり、いよいよ宇宙飛行士らへの感染が避けられないとなった時の緊迫感のある意思決定プロセスなど、丹念に描かれていく点も地力の高さを思わせ、評価が高い。と──そうした諸々があった後に、この記事名に書かれているように残り三人の宇宙飛行士にも感染が拡大し、宇宙船が船橋(の表紙に描かれているマンション)に落ちてくることになるのである。
ディザスターSFへ。
その後は主な舞台を船橋にうつし、オリオン3号に乗り込んでいた唯一の日本人宇宙飛行士の妹にしてJAXA職員工藤茉由を中心として船橋から広まっていく感染、さらにはそれをどう食い止めるのか──といったディザスターな展開をみせる。これはどのようなタイプのウィルスなのか? 実は宇宙飛行士5人のうち、工藤茉由の兄だけは感染していたのが明らかであるにも関わらず症状が出ていなかった(ウィルスが不活性化していた)のだが、それはなぜなのか? というところをとっかかりにして、病原体の謎を解き明かすミステリィとして物語が駆動されていくのである。
他にも国が実行しようとしている感染者を見捨てる浄化作戦への抵抗など盛りだくさん。正直この話のスケール感からすると小さくまとまりすぎた感はあるけれども、最後の一瞬まで楽しませてくれる作品であることは保障しよう。無論、SFファン的にも大満足の内容なので、SFファンも読み逃しなきよう。
おわりに
ちなみに穂波了氏は以前、別名義にて第一回ポプラ社大賞を授賞している。調べてから驚いたのだけど、前名義のデビュー作って『削除ボーイズ0326』という3分26秒の間の出来事だけを消すことができる特殊な装置を中心にした時間SF・サスペンスなんだよね。僕も刊行当時に読んでいて、その特殊ギミックの使い方、またそれを一本の長篇にきれいにまとめあげる腕力に非常に期待していた方だった。氏はその後長い沈黙期間に入ってしまうんだけど、まだまだシンプルにおもしろいエンタテイメントを書き続けていてくれたんだ! と、その事実自体にぐっとくるものがあった。
これからもおもしろい作品を書いてもらいたいものである。楽しみだなあ! ちなみに今回アガサ・クリスティ賞の大賞を共に受賞した折輝真透氏(『それ以上でも、それ以下でもない』)も今年の6月に『マーチング・ウィズ・ゾンビーズ ぼくたちの腐りきった青春に』という作品でジャンプホラー小説大賞金賞受賞してデビューした新星で、こっち(マーチング〜)も凄くおもしろかったので期待している(これから読む)
- 作者: 折輝真透
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2019/11/20
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