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『銀河ヒッチハイク・ガイド』の著者による、あまりにも無茶苦茶な探偵小説──『ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所』

ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所 (河出文庫)

ダーク・ジェントリー全体論的探偵事務所 (河出文庫)

Netflixに『私立探偵ダーク・ジェントリー』というドラマがあるのだけど、これが無茶苦茶な話、ミステリィで、同時に凄まじい傑作ある。開始一分で大家が主人公の車をハンマーでぶっ壊し、主人公トッドはなぜか玄関ではなく家の側面のはしごを辿って家に入り、ホテルの中で自分自身を発見し、殺人が起こってみればそこにはなぜかサメの噛み跡が大量に存在し……ととわけのわからないことが起こり続ける。

その上主人公が出会う探偵のダークジェントリーは「万物はすべて関係している」という全体論的発想でもって推理をする全体論的探偵であり、一般的なミステリィでは重要とされる「指紋や足跡などのささいなこと」を一切推理の際に考慮に入れない。代わりに彼が捜査の際に考慮にいれるのは「全体の構造」である。これはたとえば、世の中にはブラジルの一匹の蝶の羽ばたきがテキサスで竜巻を起こす(かどうかはわからないが)ような複雑で広大な因果関係を持った事象が存在していると考えられているが、ダークジェントリーはそうした「一見無関係に見えるが実は関連し合っている因果の糸」を解きほぐすことで事件を解決に導く、「全体論的探偵」なのだ。
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言うのは容易いが、何しろテキサスで起こった竜巻の原因を蝶の羽ばたきに求めるような常識を遥かに超えた捜査を必要とするので、それを実際に実行するとわけのわからないことの連続になる。何故かトッドが住む部屋の上の階で黒人女性が監禁されているし荒くれ3人組と名乗る集団が部屋をボコボコにするし、「殺すべきだと思った相手をただ殺す」といって直感に従って人を殺しまくる「全体論的殺人者」も出てきて──とこれ以上の説明は本書の紹介から外れてくるのでやめておくが、本書はそうしたドラマの原作となった探偵小説シリーズのうちの第一作である。

簡単なあらすじとか

さて、本の方はドラマとはまた別のストーリィが展開する。ただし序盤から終盤にかけて意味不明なのはドラマと同じだ。何しろ探偵役であるダークジェントリー自体、中盤までほとんど出てこず、それまでは(それからも)わけのわからない事象が連続し続けるので「自分は今ちゃんと連続した物語を読んでいるのか? 別々の話が印刷ミスでごっちゃになっているのでは??」とさえ思いながら読み進めることになる。

プログラマーのリチャードは、老教授と語り合ううちに突如として浴室に馬が現れ、それなのに教授は「ただのちょっとした事件なんだよ」と言い切り、そのほぼ同時刻に殺害されたゴードン社長は突然幽霊となって心霊現象を次々と起こす。リチャードは彼女に出来もしない約束をする留守番電話を入れてしまったのを悔やんで、彼女の部屋に侵入するためにフラットの外壁をよじ登り、留守番を消そうとする。ちなみにリチャードは基本的に理性的な人間であり、たかだか留守番電話を消すために彼女の家に不法侵入するのはこの世界でも"普通の事態"ではない。しかしリチャードはそれを理屈っぽくて杓子定規な問題解決方法だったんだと"言い張って"いる。

この他にも意味の分からないことは連続していくのだが、意味の分からないことを紹介してもしょうがないのでやめておこう。外壁をよじ登っていたリチャードはその姿をダーク・ジェントリーに発見され、彼の"捜査"に巻き込まれていくことになる。

 ダークはむっとした。「万物は根本的に相互に関連しあってる、てのはおれの信念だ。量子力学の原理を論理的にとことん突き詰めていけば、誠実な人間ならだれでもそう信じざるをえないからだ。しかし一部には、ほかよりはるかに強く相互に関連しあっている事物もあるんじゃないかと思う。とすると、明らかに不可能なふたつの事件と、すごく奇妙な事件が立て続けに同一人物の身に降りかかってきたとすれば、そしてその人物がだしぬけに、すごく奇妙な殺人事件の容疑者になったとすれば、その問題を解く鍵は、こういうすべての事件の関連性のうちに見いだされるはずだとおれは思うんだ。その関連性ってのはおまえのことだよ。そしておまえ自身も、すごく奇妙で突拍子もない行動をとっている」

ゴードン社長を殺したのは誰なのか? などというのは些細なことである。そもそもダーク・ジェントリーは殺人者などまったく気にしていない。全体論的探偵が取り扱うのは「何者かによる殺人事件」として表出したその背後にある「全人類的、全地球的」事象であって、殺人事件、奇妙な手品、普通はとらないような行動を幾人かが取り始める奇妙な事象、幽霊の存在──などなどが絡まり合って解き明かされる最後のカタルシスは、ミステリィ的なものであると同時にSF的なものでもある。

おわりに

本篇のほとんどの部分が(この言い方は正しくないように思うが)終盤に向けての伏線ともいえるので紹介できる部分がこれ以外にないのだが(紹介できるのはわけのわからないところしかないから)「無茶苦茶なミステリィ」であることは保証しよう。おもしろさも保証したいところだが、それは読み手がどこまでの"バカバカしさ"と"わけのわからなさ"を許容できるかによるので保留にしておこう。少なくとも僕にとっては滅茶苦茶おもしろいミステリィであった。ちなみにドラマも傑作なので、小説を読んだ人はぜひそっちも観てもらいたいところ(もちろんドラマ視聴者は小説を)。