基本読書

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まおゆう魔王勇者 1「この我のものとなれ、勇者よ」「断る!」

正義が悪を倒して終わりという物語の先へ進んだ物語として、ネットでかなり話題になったまおゆうの書籍版。結構書籍化する際に元の文章は読めなくなることが多いと思うのですが、まおゆうに関して言えばそういうこともなく魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」まとめサイトで読むことが出来ます。

普通は勇者が魔王を倒すことによって物語が終わるのですが、この物語は勇者と魔王がそのラストシーンで和解し、手を取り合って「魔族と人間が争わなければいけない状況」を変えて行こうとします。勇者が魔王を倒したからといって戦争がなくなるわけでもなく、また次の魔王が現れるだけで終わりのない闘争が起こるだけ──「その先へ」というわけですね。

で、読んだ感想としてはまだ一巻だけですけど面白かったです。面白かったですけど、しかしその先の物語というのにはピンとこないな、てな感じ。というのも結局このまおゆうでやっていることっていうのは歴史の早送りにすぎないじゃないかという気がするんですよね。(一巻しか読んでいないのでこれから先凄くなっていくのだと思いますがという弁護

どういうことかというと、作中では魔王は勇者に対して最初に、対魔族戦争が人類を一つにまとめあげ、最前線で戦う貧しい国への支援を促し、経済的な循環がうまくいっていることを指摘し、戦争が無くなったら困ると説き、戦争が無くなっても困らない構造を作り上げようとして以降は勇者と共に自分の知っている農地改革やテクノロジーを人間に与え、また考え方を先進的なものに教育することによって地道に変えようとしていくのですが、それは結局未来の先取りでしかないんですよね。

人類の繁栄がここまでいかにしてやってきたのか、たとえば1700年代には奴隷制が当たり前のものとして存在していました。なぜなら奴隷を使った方が、全てにおいてエネルギー効率が良かったからです。それなのに奴隷がこの世界から消えて結局のところ「化石燃料が出現したから」といえます。もっといえば化石燃料を活用できるようになったから、奴隷を雇うより安価なエネルギーで物事を動かせるようになったからです。

さらにもっと昔、ローマ帝国の時代ではもっとひどく、動力源は人間しかありませんでした。これが発想の転換によって、馬や牛を、動物の筋力を使う代わりに人間は辛く厳しい労働をしなくてよくなります。ようするに人類が過去からより繁栄してきたのは、テクノロジーの発展のおかげであり、テクノロジーの発展によりそれまで厳しい状況に置かれていた人たちは助けられてきたとも言えます。

まおゆうがやっているのは単に「未来の技術をなぜか知っている魔王が市民に技術を無償提供することによって市民は一時的な恩恵にあずかって戦争しなくてもよくなる(2010年ぐらいの繁栄レベルに追い付けば恐らくこの世界の人口程度ならば誰もが遊んで暮らせるでしょう)」というだけの話なのではないかな、と。むしろ僕が面白いと思ったのは「未来人が過去にタイムワープして未来の技術と知識を使って歴史を改変していく」という戦国自衛隊的なSFの側面。でもテーマが「争いの根絶」と超デカイのでかなり面白いです。

あとはあれですよ、アンパンマンドラクエのような善悪二元論以外の物語も世の中にはいっぱいあるわけです。戦争をだいたい根絶した後の世界の幸福を書くSFもある。その両方のかけ橋になっているところが面白いな、と思ったんですよね。ドラクエから伊藤計劃のハーモニーに話が飛ぶようなもんですよ。しかもそれが急に切り替わるのではなく、作中人物の善悪二元論に凝り固まった頭を懇切丁寧に解きほぐすようなやり方でじっくりと展開されていく。

この書籍版まおゆうは子供にも手に取ってもらえるようにと解説が十分についていたり、中の絵は児童小説のようなほんわかした絵(余談だけど魔王が表紙のかわいい女の子と違いすぎてびっくりした)もあるしで、「善悪二元論の子供向け物語にどっぷりつかった子供たちの眼をとりあえず新しい世界へと馴染ませる為にはちょうどいいかもな」と思ったりしました。あまりにも子供を馬鹿にした言い方なのかもしれませんけどね。

いやでも面白かったです。これがネットで読めるなんて、良い時代になったもんだなと思いました。書き手側からすれば恐ろしい話でもあるんでしょうね。