あまりにもひどすぎる(褒め言葉)。『ビアンカ・オーバースタディ』はあの筒井康隆が書いた、当然ながら初めてのライトノベル。読み始める前は筒井康隆せんせも、もう77歳だ。とてもパワーが残っている年齢ではない。それにライトノベルを書く意図もよくわからないし、別にあまりおもしろくなくてもいいかと思っていた。記念に読んでおくか、ぐらいの気持ちだった、が、予想に反してとてもおもしろかった。
簡単にあらすじを紹介しておこう。学校一美人の女の子(ウニの精子の通り道の研究をしているが、飽きてしまって興味を人間の精子にうつした)が自分にぞっこんな男の子の精子を採集する。もちろん人間の精子について研究するためだ。そのうち実験欲求はエスカレートしていき、同じ生物研究部員のもう一人の男の子の精子も採集しようとするが実は彼は未来人で──
あとがきで通常のラノベとして読む読み方とメタラノベとして読む文学的読み方、出来ればどっちでも読んでもらいたいと書いているのでまずはメタラノベ的読み方から。
ライトノベルで驚くほどに避けられているのが「性」の部分でお前ら全員去勢でもされているのかそれともそこは地球によく似た別の惑星なのって感じなのだけどそこを直に狙ってきたのが面白い。ただそのままやると官能小説になっちゃうから「オーバースタディ」⇒「精子の研究」にしているのだろう。
あと「学校で一、二を争うの美人」とか「誰もが振り返る美人」とかいう形容が普通に違和感なく使われているのがライトノベルだが、実際にそんな女がいたらどのような人物造形になるのか、ってところを描写しているのが面白かった。「学校一の美少女で誰もが振り返る」っていう設定だったら高慢チキになるし、このヒロイン「わたしみたいに可愛い女の子だと、いずれは危機が訪れるにきまっている」から常にコンドームを持ち歩いている。
もし万が一のときはコンドームだけはつけてもらおうという魂胆であった。でもたしかにそれぐらい異常な美人であったらそれぐらいのことはするだろうという妙な説得力がある。また異常に有能であることも示唆されていて、そこからくる「人生へのつまらなさ」みたいなものが彼女を実験という未知への追求や、まだ見ぬ未来への欲求に駆り立てているのがうまい。
普通のラノベ的読み方で読むと、ギャグがおもしろくてよかった。未来世界の設定や、蛙と融合させられてしまったグロテスクな蛙人間の単語区切りの言語機能とか読んでいると『人類は衰退しました』を彷彿とさせる。ただ人類は衰退しましたがかわいい絵、ほのぼのとした舞台と文体でブラックな内容を包み込んだビターな物語……カカオ60%だとしたら、本作はカカオ90%といったところだ。
精子が飛び交い、グロテスクな描写が続く本作なので勧めづらいけど、でもおもしろかったです。これを入り口にして筒井康隆せんせの他の傑作群に読書がつながっていくとさらに楽しいと思う。ビアンカ・オーバーステップという続編のアイデアがあるらしい。
- 作者: 筒井康隆,いとうのいぢ
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2012/08/17
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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