グレート・ギャツビーを書いたフィッツジェラルドは、エッセイでこう書いたことがある。『「わたしたちは、すばらしく感動的な体験を二、三は持っているものだ。それがあまりにもすばらしく感動的なので、体験したときはこんなふうに考える。自分以外の人間がかつてこれほど熱中し、心臓が暴走し、目がくらみ、あぜんとし、打ちのめされ、打ちひしがれ、救われ、啓発され、報われ、謙虚な気持ちになったことがあっただろうか、と」』
すばらしい。そして僕もまた彼のいうところのすばらしく感動的な体験というやつを、主に読書を通じて味わってきた。そしていまも長谷敏司先生の『BEATLESS』を読んでいて、同じ感覚を味わった。この前は小川一水先生の『天冥の標』シリーズのⅥで味わったばかりだ。リアルタイムにその経験について書いておきたい。
たとえば天冥の標シリーズのVI 宿怨 PART2を読んでいた時の話だ。あまりにも興奮して、頭の芯からびりびりしてくるような感覚を覚えて、ただ本を読んでいるだけなのに身体がうずうずしてたまらなくなって、読みながら家の中を歩き回っていた。途中でいったん停止してよくこのことについて考えたくなった。
犬の散歩にいって長々と無意味にあるきながらこの作品のすばらしさについて考えている内に、「あたまのなかだけで展開される娯楽としてコレほどまでに幸福な気分を、読書以外では絶対に味わえないのではないか」と思っていてまたうれしくなっていった。またこれは僕の個人的な経験だがその感動はいままで、SF作品ばかりであった。
いったいなにが読書をその他の体験と分裂させてすばらしいものと感じさせたのか? について書きたい。興奮の源泉は何なのかといえば、それは想像を遥かに超える想像力に出会った時だ。読書というのは常に予測を含むもので、それはフィクションを筆頭に、ノンフィクションを読む時だってそうだ。ボーイミーツガールと聞けば「まあこれぐらいかな」というある程度の文法は、あまり物語を読まない人でも頭の中に出来上がっているものだと思う。
そしてその文法を外していくことで「おもしろさ」につながっていく。予想外のことがないとおもしろさもうまれない。できるとわかっている作業がつまらないように。でも予想外なことが起こったとしても、それは大体の場合「想像できる」ものだ。恋愛モノだったら展開上フラれるとは思ってなかったのに突然フラれたりする。
でもそれは想像できることだから、予想外ではあるものの想像を超えるものではない。もう一度繰り返すが、僕が信じられないぐらい興奮して、読書をしていてよかった、生きていてよかったと思うのはそういう想像力を超えてくるものに出会った時だ。以下では出たばかりの作品BEATLESSを具体例にあげてその感覚を解説しようとがんばるから、ネタバレが嫌な人は読まないで欲しい。
『BEATLESS』は長谷敏司が発表したSF作品だ。長谷敏司先生は円環少女などのライトノベル作品で有名だがあなたのための物語やこのBEATLESSのようにSFに最近寄ってきている。この作品が、すごい。SFとはこういうものだ、というぐらいSFだ。具体的にはヒューマノイド・インターフェースエレメンツ、いわゆる人型ロボットが一般化した世界を書いているのが本作になる。
面白いポイントは3つあると思っていて、1点が人型ロボットと人間の恋愛をド直球に扱ったジレンマとしてのボーイミーツガール物。2点目が人類の能力を遥かに超えた超高度AIが日常化した世界、人型ロボットが一般化した世界を書くSF的なテーマを扱った側面。そして3点目がライトノベル的なプロットだが、ここで本筋になるのは2点目のみだ。
この世界には40機、人類の限界を超えた超高度AIが存在している。それらは勝手に動き出して人間をえいや! ってやったりしてしまわないように、人間の強い制限下にある。余談だがこいつらは能力が高すぎるために人類には理解できない物を作りまくっていて、それは人類末至産物と呼ばれる(燃える)。物語が終盤に近づくにつれて、この40機のAIが争いを始めるのだ。
言葉にすると簡単だが描写として表された時に僕は完全にノックアウトされてしまった。人間を超えた知性、40機が完全に人間を手玉にとって、経済を自由自在に支配し、意図的に情報を公開し隠しそれによって人間を自由にあやつる。しかもそいつらは1機で人間と敵対しているわけではなく、「超高度AI同士で自分の引き寄せたい未来をデザインする」為に、お互いに操作しているのだ。
ぶっちゃけまだ全部読んでいないので、というかそういう描写が出てきたところでうわあぁぁと興奮してこれを書いているので、これから先どうなるのかしらない。のだけど、とにかくトリガーを与えられたわけで、今それが僕のあたまのなかで展開しているところなのだ。お互いに操作しあう40機のAIを想像しはじめ、心底おどろいた。それはめちゃくちゃじゃないか
それは完全に僕の想像の範囲外にある物語だった。人類vsAIという主題は昔から繰り返されてきたが、人類を遥かに超えたAIvsAIで勝手に争い、その中で人間が右往左往しどういう態度をとっていかなければいけないかを決断せざるを得ないという、カタストロフ的な状況は今までに想像したことなんて、あるはずがなかった。そしてだからこそ僕は自分の中の常識が完全に塗り替えられたのを感じて、興奮しているんだ。
今とっても心が震えているのでしあわせ。僕が物語を読むのをやめないのは、おとなになった今でも「自分の中にある概念が塗り替えられていく」、「想像力の限界を突破する」一瞬を味わいたいからなのだろう。BEATLESSについては明日あたりちゃんと3点について詳細に紹介した感想を書きます。
- 作者: 長谷敏司
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2012/10/11
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